八木啓代のひとりごと 2006年度 下半期

(12月31日 記)

だいたい片付けを済ませて、花豆を煮含めてやっと一段落。
といっても、おせちを作ったわけではありません。煮豆だけね。(笑)

さて、今年。
終わるころになって、立て続けにおめでた〜いお話を3つも聞いてしまいました。
で、その3件とも、甲乙つけがたく、ほんと〜にお幸せそうなお似合いカップルなのですよね。

年の瀬の寒い夜が、ほんわ〜り暖かくなりそうです。

来年も良い年でありますように。


(12月29日 記)

23〜25日のツアー、ほんとに濃かったですね。
あとで思い返してみると、日本語、韓国語、英語、カタルニア語、スペイン語、フランス語...という六カ国語が入り交じる、とってもインターナショナルなライブだったのでした。

昨日は、端唄の大家、本條秀太郎さんの忘年会。
もう、このお方、ほんとにいつお会いしてもエレガントでお洒落で心配り細やかで博識で、憧れの方の一人です。
尺八の三橋貴風さんたちと、日本音楽のルーツから、なぜかペルーのコカ茶の話などで盛り上がってしまいました。

さて、今日は今年最後のライブです。
東北沢テピートで、メキシコの50年代のエレガンスをいまも漂わせていらっしゃる素敵なチューチョさんと、懐かしの美しいボレロを聴いていただきます。


(12月25日 記)

23日、24日と趙博さん、大熊ワタルさん、みやぞうさん、はるまきちまき(おおまきちまき+ハルマゲン)さんらのライブにお邪魔している。
23日門仲天井ホールは、ハンブルグのスタインウェイがある、とても雰囲気がよくてこぢんまりしたホール。音響も照明も素晴らし。
そういうところで、リハの時はちょっと喉咽を痛めて調子が悪そうだったおおまきちまきさんの素敵な声が響いた。とても伸びと柔らかみのある、ときにコミカルでときに感動的な歌声。
そして、大迫力、パギやんこと趙博さんの濃ゆい歌声。
さらに、それらに絡んでいく、大熊ワタルさんの絶妙なクラリネットとみわぞうさんのチンドン太鼓........と、いう世界で、やや場違い気味に正体不明な不気味さを部分的に漂わせてるというのが、このあたくしの役回りなのです。

でも、カタルニアの鳥の歌、南米のクリスマスソング、タンゴ、そしてチリの歌といったあたりも、この顔ぶれで演じると、とても新鮮な衝撃、というか、やっぱりライブはいいですわ、という「あの感覚」が爆発する感じがいたします。
なにより自分にとっての素敵なクリスマスプレゼントになりましたねえ。
あと一日、今日は名古屋です。中京地区の皆様、どうぞよろしく。


(12月21日 記)

さて、世間一杯は、クリスマスシーズンです。
チューチョさんとのライブ、意外にはまっていましたね。
私、スタンダードは滅多に歌わないのですが、なんかえらくいい気分でありました。こういう路線もありかな、と、ちょっと思ったりなんかして。
メキシコ料理も美味しかったですね。

私は慣れているので、つい見落としていたのですが、お客さんの中には、「はじめてサボテンを食べた」「これが噂に聞いたことのある、メキシコのチョコレートソースかぁ...」という感慨のある方もおられたようでございます。

考えてみたら、なにげにかなり珍しい食材が出ていましたよね。
飲み物の方も、マルガリータやコロナビールといった、日本でも比較的知られたお酒のほか、メキシコのワインやタマリンド(タマリンドという豆科の木の実からつくったジュース)、ハマイカ(ハイビスカスの花を滲出させたジュース)、といったソフトドリンクなどなど、かなりレアかも。

29日にもまたやりますので、皆様お楽しみに。

さて、明日から3日間、別のライブです。
12月23日 (土)・24日 (日)・25日 (月)の「はるまきちまき+パギワタル+みわ 2006年末・熱血3Days」へのゲスト出演。さて、こちらもどういうライブになるか、皆目見当がつきません(爆)が、おそらくきわめてエキサイティングなものになると思われます。


(12月22日 記)

さて、ベーコンや味噌や生ハムなど、いろいろなものを家で作る八木ですが、最近、もうひとつ、当たり前のように家で作るようになってきているものがあります。

化粧品。

え、それ家で作れるの、と思われるかもしれません。
作れるんですね。とくに化粧水、ジェル、乳液などの基礎化粧品はかなり簡単です。
法律的には、作ったものを人にあげたり売ったりすると薬事法違反になりますが、自分で使う分にはかまわないということになっています。
(もっとも、体質には個人差が大きいので、以下は、あくまで八木個人の経験の範囲内での話として読んでください。自分で試されるときは自己責任でお願いします)

じつはこれ、1年ぐらい前から実践していました。
動機は、あるとき知り合いと話していて、「化粧品に消費期限がないのはヘンだよね」
クリームや乳液は油性だし、化粧水やジェルだって水分がたっぷり含まれています。
つまりそれだけ防腐剤や酸化防止剤がたっぷり含まれているってことなのかも、と思うと、ちょっと気になってしまったのです。

で、ネット検索で少し情報を集めてから、自分で人体実験していたのですが、はっきりいってかなり調子がいい。というか、この1年、肌荒れ知らず。

もちろん、自家製の化粧品は日保ちがしません。冷蔵庫で保管したうえで、なおかつ1ヶ月ぐらいで使い切らなくてはいけないので、自然、ケチケチせずにたっぷりと使うことになります。これもいいのかもしれません。
なにより、これに慣れてくると、冷蔵庫から取り出した冷たい化粧品を肌に塗るのはとっても気持ちがいい。

とどめだったのが、エステに行ったときです。
ええ、よくありますね、エステの無料券が当たるというやつ。で、それを信じて出かけると、確かに無料でサービスは受けられるのだけど、お姉さんにばりばりの勧誘も受けてしまうので、つい断り切れなくて....というやつ。
あれはまず、店についたときに肌診断というのをします。お客は外気に顔をさらしながら店まできているというのもあって、たいてい、ここで「お肌年齢が実年齢よりかなり上」という結果が出てしまいます。

それからスチームをあててマッサージをし、パックをし、仕上げにクリームをたっぷり塗って同じ検査をすると、肌の水分や油分が格段に上がっているのは当たり前。数値は劇的に上がり、エステの効果は抜群ということになるわけ。

これに行って参りました。
で、店についての肌診断で早速出た結果が、「実年齢より10歳以上若い」
外を歩いてきているのに、です。
で、お姉さんが1時間かけて、マッサージやらパックやらしたあとの結果......ほとんど変わらなかったのです。
思わず、機械を確認するお姉さん。さすがに結果がこれでは勧誘に説得力がありません。というか自分でわかったみたいで、すぐに解放していただけました。

そんなわけで、すっかり化粧品も手作り派になってしまいました。
いろいろ試しても見た結果、ヒアルロン酸やセラミドを配合した柔らかめのジェルを、スプレーに入れて使うのが定番化してきたかな。
ロクシタンでえらい高いシアバターも材料屋で買うと、気軽なお値段です。これからの季節にはとても重宝。

必要なものは、原材料のほか、薬局で売っている消毒用アルコール一瓶、ビーカーまたは計量カップ(これも100均で売っている)、計量スプーンといったもので、レシピや素材は以下で簡単に揃います。

http://www.natural-lab.com/
http://www.natural-goods.com/

ナチュラル・ラボラトリーの製品はちょっと高いですが、初心者でも作りやすいキットなども揃っているし、レシピも充実。東急ハンズでも扱っているので、そちらで現品を確認して買うこともできます。

容器は100均で売っている(か、家にあるもので間に合う)し、いままで基礎化粧品に使ってきた高いお金ってなんだったのだろう?


(12月17日 記)

昨日は知り合いの画廊のクリスマスパーティ。
ちょうど、展示も、クリスマスをテーマに画廊ゆかりの画家さん、彫刻家さんなどの作品を一点づつ展示するグループ展、題して、「ノエルの宿り木」

jamon.jpg

会場は画廊そのものの中で、画廊主のご用意のローストビーフやカナッペ、おでんやワインに加えて、参加者の持ち寄りの日本酒、ワイン、シャンパン、おつまみ類など。
音楽系に限らず、美術系の方たちも、けっこう、料理が上手い人が多いのですよね。
絶品だったのが、某画家さんの「焼き豚」。
いや、見かけからして周囲に食紅の色までつけて、本格派。味は完全に、「午前中で売り切れる中華街の名店の焼き豚」に匹敵。
いやぁ、あんなの家で作れるんですねぇ。レシピもお伺いしましたが、うーん作れるのだろうか。

うちは、11月に仕込んだ生ハムを持ち込み。
もう少し熟成させてもいいんだけど、いまでも、結構、複雑でねっとりした味わいのいい感じに仕上がっていまして、けっこう好評。
これからお正月にかけて、ちびちび楽しむ予定。


(12月15日 記)

さて、そろそろクリスマス.....ということで、サイトも恒例のクリスマスの飾り付け。
ついでに、このクリスマス企画として、特別目玉ライブのお知らせです。

60年代のラテン音楽の黄金時代に、トリオ・ロス・パンチョスやトリオ・ロス・ディアマンテスなどとならんで一世を風靡したトリオ・ロス・デルフィネスという音楽史に残るコーラスグループがあるのですが、そのギタリストでボーカルだったヘスス・オロアルテ氏こと、チューチョ・デ・メヒコ(チューチョはヘススの愛称)は、日本人の奥様と結婚されて、現在日本に在住されています。
そのチューチョさんと、八木のボーカル共演!

という....凄いでしょ。

八木、普段ほとんど歌わない、往年のなつかしのラテン懐メロを、ブエナビスタ・ソシアル・クラブのりで歌おうというのであります。
しかも、生声、ノーマイク!

会場はチューチョさんの奥様経営のメキシコ料理カフェ「テピート」です。
食べたら美味しいけれど、メキシコ料理に馴染みがないので、何を注文していいのかわからない....という方でも大丈夫なように、今回の企画もからめて、「メキシコ料理コース」もできました。
メキシコ風アボカドサラダ、魚介のマリネ、サボテンのサラダ、ケサディジャ(チーズと具入りのタコスの一種)、鶏肉のモレソースなど、ボリュームも満点で、しかも、ワンドリンクとミュージックチャージ込み5000円という大サービスです。
もちろん、チャージとお飲み物や軽食だけでも大丈夫です。

19日と29日の二日間。
たぶん大丈夫だと思いますが、ご予約いただけると確実かと思います。
ネットから、もしくは、お店にお電話でどうぞ。


(12月14日 記)

インターネットラジオのPANDORAというサービス。

マイミクさんに教えていただいたのだが、けっこうつぼにはまっている。

http://pandora.com

最初に、「Pandora is loading...」なんていう表示が現れるので、なにかと思うのだけど、自分の好きな傾向の音楽を電脳空間上から捜してラジオにしてくれるというサービスである。
これが、なかなか心憎く好みを反映してくれるのである。
もちろん無料。
ステーションを複数登録することもできる。

さて、もうひとつ、こちらは超ローカルなインターネットラジオ局。

わがメキシコシティはコヨアカンのコミュニティ放送局なのだけど、「文化的」を自称するコヨアカンだけあって、プロデューサーは前衛アート系フォトグラファー集団 Rollo Velado(アート系といいながら、ゲイや先住民コミュニティなどをテーマにした社会派の側面もある人たち)のリーダー格、ヘスス・フローレス。

とりあえずはメキシコ時間で午後6時から8時の放送(日本時間土曜9時から10時)で、初回のゲストは、ロス・フォルクロリスタスの創立メンバーであり音楽研究家だった故レネ・ビジャヌエバの元夫人で、彼女自身も音楽研究家のベアトリス・サルセ。

もちろんスペイン語放送になるわけだけど、渋そうな音楽がかかることが期待できる。

http://www.holycramp.com.mx


(12月12日 記)

本日は味噌を仕込む。

じつは味噌造りはそう難しくはない。
大豆と麹と塩を混ぜるだけである。
配分は好みだけど、私の割合は、大豆1kg、麹1kg、塩400gぐらい。

もちろん、大豆は前の日から水に浸して、さらに指でつぶれるぐらい柔らかく煮ておかなくてはならないが、これは圧力鍋があれば、そう難しいことではない。

麹はほぐして、塩を混ぜておき、これを潰した大豆とまぜて、粘土ぐらいの固さにしたのを、100円ショップで買った、蓋つきのバケツに空気が入らないように詰めて、ラップを貼っておき、蓋を閉めて放っておくだけ。
家の中の涼しい(というか、暖房の効かないところ)に置いておけばいい。

と書くとすごく簡単で、事実、難しくはない。

ただ、大豆というのは膨らむので、いくら圧力鍋があるといっても、1キロの大豆を茹でるのがちょっと面倒なだけ。
普通のサイズの圧力鍋だと、3回ぐらいに分けて煮る必要がある。っても、一回20分なので、知れているけどね。

あとは、人肌にさました大豆をハンディ・フードプロセッサーで潰して、塩麹と混ぜる。固さはゆで汁で調整。これはもう子供のどろんこ遊びに近い。
それからバケツに詰めるのだけれど、このとき、私は昆布も切って混ぜておく。これは出汁が出て美味しくなるから。

ラップを貼ったら、食品用アルコールをちょっと吹き付けて、殺菌しておくとさらによい。重しを乗せるとさらによい。
あとは一ヶ月後に混ぜてやってラップを取り替えるだけ。
カビが出ていたらとって、塩をふっておく。
3ヶ月ぐらいめから食べられる。いい熟成具合になったら、気候も春になっているので、でかいジップロックとかに入れて、冷蔵庫に入れておく。冷蔵庫の中でもゆっくり熟成は進んでいきます。最初は白味噌に近いのだけれど、だんだん色も濃くなってきます。

ちょっと時間はかかりますが、仕込みさえやっておくとあとはほとんど放っておくだけだし、手前味噌とはよく言ったもので、この手作り味噌、ものすごく美味しいですよ。


(12月11日 記)

国際人権デーの日に、多くの死者と行方不明者を出した有名な独裁者アウグスト・ピノチェトの訃報が届いた。

なんたる皮肉な偶然だ。

いうまでもなく彼の罪は、わかりやすい人権弾圧で、多数の犠牲者を出したのみならず、(実際には、チリよりひどい人権弾圧や虐殺が行われていた国はほかにもあったが、彼ぐらいわかりやすい悪役は少なかった)チリに実際以上の悪いイメージを作ったこと。

その一方で、彼の功は、その政権下でシカゴ学派のフリードマン理論に基づく(つまり竹中モデル)新自由主義経済を押し進めた。

その結果、いま、多くの日本人もそろそろ気がついているような、大多数の人々には実感のない数値上の好景気と、一部の富裕層のさらなる富裕化をチリにもたらし、その20年後、つまり、現在の南米の左傾化の原因の一つを作った。


(12月8日 記)

昨日のライブ、とってもいい感じでしたね。
ご来場ありがとうございました。

さて、ライブの翌日って、なんか体がだるい。
(ライブが続いていたら、それはそれで中途でだるいとは思わないので、単に条件反射と思われる)

で、しかも、今日は寒いからおでん。

人によって味付けは違うのだろうけど、私は、こんぶ、かつお、牛すじ、鶏手羽で出汁をとる。
去年は鶏ガラで出汁を取っていたのだけど、先日、ある方に「手羽先で出汁を取ったらおいしいですよ」と教えていただき、しかも、柔らかく茹でられた手羽先までご馳走になってしまったので、この方法にトライ。
あとは大根、こんにゃく、じゃがいも、練り物(これは、近所の駅ビル地下の魚屋で売っている、田舎の漁港産直とかいうのが美味しくて気に入っている)。
これで鍋一杯。
あとで、ゆで卵とか厚揚げなんかも加えるとしよう。

皆さん、おでんの具って何を入れます?


(12月6日 記)

さて、チャベスに真っ先に当選おめでとうの電話をしたのは、アルゼンチンのキルチネル大統領。次いで、エクアドルのコレア新大統領。そして次々と中南米の首脳たち。

日本の報道では、「反対票が4割あることは、チャベス政権に根強い不満があることを」などと報じているが、実際はかなり様相が違う。
いまでも、ベネズエラのメディアは圧倒的に富裕層のものなのだ。
つまり、在任期間中はともかく、選挙期間中も、ベネズエラで垂れ流されていたのは「反チャベス報道」であって、チャベスがまた勝てば政情不安になるという煽りであり、あげくに国軍に蜂起まで唆していたのだ。
ついでにいうと、対立候補マヌエル・ロサーレスは反チャベス統一候補であり、このベネズエラの富裕層と米国が総力を挙げて応援していた。それで、4割とれなかったのだ。
チャベスの圧勝以外のなにものでもない。

いみじくも、ジョージ・ブッシュが無邪気に暴露してしまったように、「民主主義があれば」いまの南米では左翼が勝ってしまうのである。
それは、日本より30年早く、70年代後半から「新自由主義」政策をとった結果であるとみてよいだろう。

新自由主義はとりあえず経済を回復させるカンフル剤だが、これは危険な対処療法的な薬なのであって、一時的に症状を和らげるが、長い目で見たときに、本体を弱らせてしまうのだ。
一方、社会インフラの着実な整備や、医療・教育の向上は、成果が出るまでに10年以上かかる。

まあ、そんなことは前から何度も言っているが、これで駒は揃ってきた。
南米第一の石油産出国であり、米国にも大量の石油を供給しているベネズエラは、引き続きチャベスの元にある。

そして、石油価格は高騰している。
これはじつは二重の意味で、チャベスの後押しとなるだろう。

つまり、一つめには、単純に石油価格の上昇による収益増。
二つめは、石油価格が高騰すれば、超重質油(ヘビーオイル)といわれる、タール状の低質の重油を精製しても採算が取れるということになることだ。具体的には、これは1バレル50ドル。現況価格は62〜3ドルだから、十分そのラインに達している。
そして、ベネズエラには、この超重質油(ヘビーオイル)がどっさりある。というより、世界の超重質油の90%はベネズエラにあるといわれていて、これは、いわゆる石油埋蔵量にはカウントされていない。

それはどういうことか。
つまり....チャベスがこの超重質油の精製を始めることができれば、ベネズエラの埋蔵石油量は飛躍的に増大し、イランもイラクもサウジアラビアさえも抜き去る、世界最大の石油産出国となるということだ。
(※(財)国際開発センター(IDCJ)資料による)

そういうことも踏まえたうえで、ベネズエラとイランは、相互の石油協力(イランは、この超重質油の開発に投資している)だけではなく、今年9月「世界のその他地域での沖合い及び陸上の石油・ガス事業に共同で従事するとの契約に調印している。

そして金のあるところに金は集まる。

すでに、就任前から、エクアドルのコレア新大統領は、エクアドルの石油の精製をベネズエラで行うことで合意したことを発表している。すてきな手土産だ。
目下の原油高がコレア新大統領の強力な味方となることは言わずもがな。エクアドルは、ベネズエラ、(ここから大きな差はつくが)メキシコ、ブラジルに次いで、中南米第4位の確認可採埋蔵量を持つのだ。

さらに、ボリビアの地下に眠る南米第2位の天然ガスの開発。
パナマ運河拡張計画というのもある。
キューバは天然資源はないが、世界でも指折りの水準を持つ医師(プラス医薬品)と各方面の技術者や専門家を各地に送り込み、また、それに相応する支払を受けることができる。
この関係は、単にイデオロギー的に応援するしないの問題だけではなく、きわめて現実的なのだ。

さらに言う。メキシコとアルゼンチンは、現在産油国だが、いまの状態で採掘が進めば、可採年数はあと10年そこそこしかない
はっきり言うと、さらなる地下資源が新規に発見され、またそれを開発することができない限り、石油輸入国に転落してしまうのだ。コロンビアにいたっては、あと7年しか保たない。

反コレア発言をしたペルーの大臣が即座に謝罪したのも、そういう事実も踏まえ、「石油のあるやつに逆らうと怖い」ことを知っているからだ。

さらに石油に関して言えば、アメリカの石油も、現在の確認埋蔵量だけでは、あと10年ほどで掘り尽くされる。
そこにアメリカのもっとも忠実な犬だったベネズエラが歯を剥き、しかも、このチャベス潰しのための、暗殺から暴動教唆からクーデター画策にいたるありとあらゆる「CIA的」戦略は失敗した。

そうなると、イラク侵攻の理由づけはともかく、ブッシュのやったことは、彼なりには「国益のために」やったことなのだということも明らかであることはわかるだろう。

そして、メキシコ。
あまり知られていないが、メキシコは米国の石油輸入量の1/6程度を供給している。これはサウジアラビアより多い。
先日の大統領選で、アメリカがいかなる手を使ってでも、メキシコを左翼政権にしたくなかった理由はここにあるし、メキシコの「知識人層」がそれに対して、「あきらめムード」であった理由も同じ。

ところで、ここに妙な統計がある。
1998年の資料では、メキシコの確認可採埋蔵量は40年を超えているのに、2004年資料では10年に激減しているということだ。

一般的には、技術の革新や新しい油田の発見などにより、確認可採埋蔵量というのは、少し増える(年数経過を引いた数より)ものなのに、だ。メキシコに何があったのか。

じつは、メキシコが現在生産している石油のうち大半を占めるカンタレル油田があと10年の命なのだ。すでに、今年から年8.4%減ってゆく。だから、早急に別の油田を開発していかないとならないわけ。
メキシコ湾には293億バレルの推定埋蔵量はまだあるわけだが、問題はその開発が進んでいないし、いうまでもなく開発にはかなりの金がかかる。
なんでこんなになるまで放っておいたかと言えば、それは、ひとえにPRIとPANの無策だった。石油の売上げを国家収入として遣い続けてきたのである。

この状況下で、カルデロンは外資を導入しない限り、次の開発はできないのだから、当然そうするだろう。
となれば、どうなってくるかは火を見るより明らかなわけ。
見越したわけではなかろうが、カルデロン内閣の新内務大臣フランシスコ・ラミレスは前ハリスコ州知事で、デモを武力で弾圧するのは言うまでもなく、不当逮捕、拷問などの件でアムネスティや人権団体から告発多数を受けている悪名高い極右。
http://es.wikipedia.org/wiki/Francisco_Javier_Ram%C3%ADrez_Acu%C3%B1a (スペイン語)

いずれにしても、これからの政情が安定するとは思いにくい。なんたって、この国の国家財政の1/3は石油依存なのだしね。

イデオロギーは別として、メキシコはベネズエラと組んだ方が国益になっただろうに。
2016年。ボリビアやエクアドルが、メキシコよりはるかに豊かな国になっている可能性は高い。
いや、その前にメキシコ国民の反発があるか。


(12月4日 記)

コレアに続いて、まあ順当とはいえ、ウーゴ・チャベス再選。
対立候補は、ベネズエラの富裕層と米国から莫大な政治献金を含む圧倒的なバックアップを受け、さらに、メディアの激烈な反チャベスキャンペーンのうえでの4割以下なんだから、圧勝といっていいだろうね。

かつてパブロ・ミラネスが歌っていた「ラテンアメリカ統一の歌」が頭によぎってしまった。

自分の光で輝くものを誰も消すことはできない
その光はやがて、対岸の闇にも届くだろう
ボリーバルが星をかかげ、マルティのそばで輝く
フィデルはそれを称えた、この地球で

で、この日、私は何をしていたかというと、六本木ヒルズという日本一バブリーな場所の会員制クラブという日本一スノッブな場所で(もちろん私が会員であるはずはない)、経営コンサルタント氏と経済についてお話をしていた。
自分の脇の甘さを実感。勉強しなくてはならないことはいくらでもある。時間と脳味噌の量(質かも)が足りないのが問題だ。


(12月2日 記)

冷蔵庫に半端に余った野菜がいろいろあったので、昨日は鍋。
アンコウに、白菜、ねぎ、豆腐、エノキダケ、椎茸、人参、大根などをぶち込み、翌朝(つまり今朝)は雑炊。

このとき、冷蔵庫の中を整理していたら、賞味期限の切れた生クリームとクリームチーズが出てきた。
やば〜。

さいわい、生クリームは分離していないし、クリームチーズも封を切っていないので、急遽、今日、チーズケーキを作ることにした。
野菜室からは黄色くなってしまったスダチも出てきた(おいおい)ので、これも使うことにする。

チーズケーキ200gを電子レンジで少しチンしてやわらかくしてから、砂糖を入れて、さらに卵(Lサイズだったので3個)を入れ、生クリーム1パック。この間、電動泡立て器でかき混ぜる。
電動泡立て器がなかったら、ミキサーでも可。
最後に、レモン汁(本日はスダチ汁)、ラム酒香り付け程度、コーンスターチか小麦粉を少し入れ、型にいれて、オーブンで焼く。

簡単である。
できあがりはいかにもおいしいそうだし、熱を通してあるから大丈夫だろう。
これを冷まして、冷蔵庫に半日。それから、型から出す。

ちょうど何人かいたので、賞味することに。たいへん好評であった。
もちろん、彼らに材料の詳しい説明はしていない。(おいおいおい)

ちょっとテンションがあがったので、本日の夕食はイタリアン。
スズキのガーリックワインソース。パブリカと焼きトマト添え。レタスのサラダ。スープはクラムチャウダー。

そろそろ、味噌も仕込みの時期だ。


(12月1日 追記)

ジョージ・ブッシュ大統領は、さっそく左翼のエクアドルの新大統領ラファエル・コレアに電話をかけたそうだ。
いわく「エクアドルに民主主義があることを祝福する」と述べたのだそうで。

あのぉ......それって........。

もちろん、ブラックジョークではなくて、コレア次期大統領が記者会見で、事実として述べたことである。
これがジョークだったら座布団10枚だが、事実ということで返す言葉がない。

さて、それでメキシコ。
いよいよ迫りくる、誰の目にも大荒れ明らかな大統領就任式。学校も休校になったそうで。

AMLO支持者(左派)はすでに前日から、大統領宮前の憲法広場を占拠、さらに、「明朝、アンドレス・マヌエル・ロペス=オブラドール大統領を迎えるためにみんな集まろう。食べるもの、上着、毛布、ギターなど持って楽しくやろうぜ」と呼びかけている。

ああ、ここでギターが出るのが、メキシコだな。
それで、メキシコの民主主義はどこへ行くのか.....。


(12月1日 記)

なぜか、なりゆきで問題の解決を頼まれるということが、ときどきある。

思えば、私の通訳としての初仕事(まだ学生だった)が、ある大きな古代文化関連プロジェクトで、すでにこじれまくって対立しているメキシコ人スタッフと日本人スタッフの間で逃げ出した前の通訳の後任だった。大学の恩師から、深夜に電話がかかってきて「明日の朝から、頼む」

無邪気に喜んで、事情を知らずに出かけていくと、ただの通訳ではないの(というか、前の通訳が「病気」になった理由)はすぐわかった。
メキシコ人スタッフは(日本側には理解できない理由で)ストライキやっていたのである。
で、日本側に事情を訊く。このままだと大予算をかけたプロジェクトが悲惨なことになり、担当者の首が飛ぶぐらいではすまないらしい。火を噴きそうに怒るのは当然である。
それから、メキシコ側からも事情を訊く。インテリ階級出身の考古学者や修復技師の言い分も、しごくもっともで、彼らが不愉快になるのも当然である。
前の通訳が悪いわけではなく、その人は、右から左の通訳をやっただけでこうなっていた。

で、間を取った現実的な和解案をいくつか出して、双方の顔を立てる提案で懐柔。
どちらもプロジェクトを成功させたい気持ちに代わりはないし、まして馬鹿ではないから、愛情持ってちゃんと説明すれば理解できるのである。
結局、互いに文化の違いを尊重して歩み寄ることで和解。メキシコ人は作業が遅れた分、最終日徹夜で、ほぼ絶望的と見られたオープニングに見事間に合わせるという、メキシコならではの離れ業を見せる。
この結果には、日本側も驚愕&感激。最後は抱き合って別れを惜しむ「親友」になっていた。

思えば、ここからして通訳というより、ほとんど調停だったな。

その後も、悪徳商法に巻き込まれた親戚のケース。(ほぼ全額取り返す)
先物取引に手を出して、莫大な追証を取られそうになった知人。(全額以上取り返す)
近所のマンション紛争。無茶苦茶な工事被害と日照ゼロでも補償金なしというひどいケースに、年寄りに泣かれ....。(設計変更と補償を勝ち取る)
その他、悪徳コーディネーター詐欺(金を取り返す)とか、
アル中のためにホームレス化しかけていた友人を、まっとうで人に尊敬される生活に引き戻すとか、
某バンドをめぐるあらゆる災害の解決は言わずもがな。

って、....私って典型的な巻き込まれ型だ。
(本気でブチ切れた八木と戦う羽目になる方が運が悪い....というコメントをした友人もいるけど....)

んで、現在。
貴重な宝物を奪われてノイローゼ状態になった友達を助けて、弁護士さんと共闘。これから本格的に係争に入る。
ほかにもなんかべつの火の粉の予感。

まあ、情けは人のためならずという。
いつか私にもまわりまわってよいことが返ってくるだろうことを(って、そゆ解釈は正しくないのよね)
.....ただのお人好しって声も近くでするが。


(11月30日 記)

一昨日の大使館での文化的催しの内容は、たいへん面白いものだった。

ついでに日本外務省の方のご挨拶では、中川自民党幹事長が、カルデロン大統領就任式典に、メキシコに向かうとか。

しかし、そのメキシコは、現在大統領を名乗る人(前大統領・新大統領・正当な大統領)が3人いて、こういう状態である。
http://www.jornada.unam.mx/2006/11/29/index.php?section=politica

要するに、不正選挙見え見えの大統領選に対して、1%以下の差で敗北した左派ロペス=オブラドールが、別内閣を設立した。

これはただのシャドウキャビネットか、はたまたピエロ化する可能性が強いかと思われたが、どっこい、案外右派カルデロン大統領に反発する支持層が掘り起こされる結果につながり、メキシコシティは騒然としているようだ。

しかも、大統領選では敗北したPRDは、議会では第一党となっていて、しかも「当選」大統領を擁する右派のPANは、議会では少数派で、(現在第3党で旧与党)PRIの支持がないとやっていけない。
(オアハカ暴動の根底=フォックス大統領が犯罪者として告発されたPRIの知事を死守している理由には、これがある)
.....とまあ、こういう状態である。
で、まあ、写真の通り、議会も乱闘の場になっていると。

昨日、メキシコの友達に電話したら、
「ホルナーダ(新聞)見たで」
「はははははははははははははははは....もう笑うしかないやろ」
と言っておった。

ちなみに、ロペス=オブラドールの就任式典の日、異常気象の極寒の中で歌った(といっても、途中からギターを弾けなくなって、詩を朗詠したのだけど)シルビオ・ロドリゲスくんは、そのせいで風邪をひいて寝込んでいるそうである。

まあ、そんな感じで、大統領宮殿前の憲法広場は、カルデロン反対派に占拠されているようだし、就任式できんのか?

ちなみに、オアハカ問題について、ルモンド・ディプロマティークの分析は以下の通り。さすがのルモンド。
http://www.diplo.jp/articles06/0611-3.html

そして、エクアドル。
まだ、コレア陣営から正式発表はないが(って、嬉しくてそれどころじゃない可能性の方が高いけど)、現地時間29日午後で、開票率98.91パーセントで、コレア候補56.79% (約348万票)、ノボア候補43.21% (約265万票)。左派ラファエル・コレア当確とみてよいだろう。

そもそも、右派のノボアは、右派なんてもんじゃなくて、はっきり極右そのものである。エクアドルのバナナ農園大半を所有する大富豪だが、組合運動をやった小作の足を切り落とすという残虐行為で告発されている男だということは、ここで指摘しておくにとどめる。(だから、南米が好きだから、エクアドルバナナを買おうという前にちょっと考えてみてね。それはノボアさんの懐にはいるのよ)

一方で、コレアは、あの「ブッシュを悪魔に例えるのは、悪魔に失礼」と言った男である。
事実上の当選の第一声「この国を統治するのは、ブッシュでもチャベスでもない。エクアドル人だ」

しかしながら、前大統領時代にベネズエラとの関係冷え込みのため、凍結されていたエクアドルの原油をベネズエラで精製する計画は、息を吹き返し、エクアドルにメリットをもたらす模様。
もちろん、チャベスは、すでにコレア当選を祝福しているし、スペインのサパテロ首相も祝辞を送った。
一方、反コレア的発言をおこなったペルーのアラオス対外通商大臣は、コレアに謝罪を表明した。


(11月29日 記)

ゼリア・ナトルという女性がいた。
19世紀後半から20世紀にかけて大西洋を超える大活躍をし、しかし今日ほとんど忘れ去られている女性人類学者だ。
この、国境に縛られることのなかった、ヴィクトリア時代の美意識とルネサンス風の知的好奇心を体現した、ひとりの特異な女性メキシコ学者をテーマに、ちょっと面白い講演会があった。

講師は、一橋大学大学院教授の落合一泰先生。
「あっ、八木さんだ! 私いろいろ本持ってますよ!」といきなり言われて大変恐縮。
この方、お話も上手。しかもパワーポイントをいい感じで駆使して、パソコンの扱いも上級者と見た。
このテーマでは本邦初公演とは思えない手際である。

で、ゼリア・ナトル。スペイン語では、セリア・ヌッタル。

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彼女はアイルランド系の父とメキシコ系母の血から混血の美貌と、ゴールドラッシュ時代のカリフォルニアで銀行家として大成功した大富豪の祖父の資産を受け継いだ、女性だった。

幼少時から、フランス・ドイツ、イタリアなどヨーロッパ各地で教育を受けた彼女は、その旺盛な行動力と知的関心で(そして、数カ国語を自在に操るその能力で)、略奪されたままヨーロッパ各地の博物館などにその価値を知られることもなく埋もれていた、古代メキシコの絵文書群、今日『ナトルの絵文書』の名で知られる第一級のアステカ時代の絵文書など再発見し、ヨーロッパやアメリカで、古代メキシコやペルーの文化の価値を知らしめるために奔走し、歴史的な論文もいくつも発表した。

なんたって、大富豪の孫である。
生活の心配をすることもなく、資料を捜して、世界中を欲しいだけ旅することもできるし、当時、研究者が自費で賄うしかなかった論文の出版費用だって、なんてことはないのだ。
そして、彼女はその特権と時間を、まさに古代メキシコ史の研究のために費やしたのだ。
その一方で、ヴィクトリア超時代の優雅なドレスに身を包み、社交界の花形として活躍もしながら。

casa_alvarado.jpg

そのナトルは、その晩年を1933年まで、メキシコシティのコヨアカンに暮らした。
コヨアカンの敷地6千坪の豪邸に、素晴らしい図書館と古代メキシコに関する博物館を作り、そこはメキシコを訪れる外国人研究者や文化人のサロンとなった。
あのフリーダ・カーロやディエゴ・リベラの少し前の時代だ。
(フリーダとリベラの結婚が1930年)

コヨアカンの中でも、もっとも散歩をしていて楽しい道、フランシスコ・ソーサ通りの、茶がかった赤と白に塗られたその家の前を、私は何度歩いたことだろう。

(その先の公園に、メキシコで一番旨いアトレとタマレスと北部風のケサディージャを出してくれ、よく、音楽家や画家や作家や写真家などが溜まっている、八木お気に入りの軽食屋があるというのは置いといて)

『チャタレイ夫人の恋人』で知られるイギリスの作家D.H.ロレンスもその館を何度も訪れ、彼女自身、その作品にも登場する、知的にして孤高の貴婦人のモデルであったらしい。

その彼女が歴史から、ほとんど忘れ去られた理由。
功績から言えば、メキシコ考古学の母と言われて、しつこく回顧されてもいいぐらいの実績はあったわけなのだが....。

それは、彼女の功績はいろいろあったものの、その最終的な主張が、いまではトンデモ系とされる文化伝播説(すべての文明の起源はメソポタミアに遡れるという系統のもの)であったことと、メキシコの血を引くとはいえ、彼女の出自がアメリカの富豪であったということ。

そのいずれもが、革命後のメキシコ人のナショナリズムを逆撫でするものといえたのと、大学などで働く必要がなかったうえ、生活水準が高すぎたので、いわゆる弟子を送り出すこともなかったというのが大きいだろう。

彼女の経済的庇護を受けて高名な人類学者となったマヌエル・ガミオのような例外はあるが、やはり彼女の弟子ではなく、しょせんパトロン的存在だった。
(ガミオは後にメキシコ人類学の父と称えられるまでになるが、学説的にはナトルと相反するものとなる)

学説はともかくとしても、彼女の志を継いでくれる後継者に恵まれなかったため、(晩年にはさすがの大資産も使い果たしていたらしく)いま現存していれば、メキシコにとっても宝であったであろう彼女の収集品も散逸してしまった。

これらの要因が重なったことは、ヴィクトリア時代の終焉と彼女という強烈な個人の死ともに、彼女の経歴に幕を引くことになる。

いまではこの館が彼女のものであったことを知る人も少ない。


(11月27日 記)

なんか、計画性を失っていたせいで、数日豚肉を食べる羽目に。まあ、それぞれおいしかったのだけど。
そろそろ魚食べないと辛いなあと思っていたら、天の声。
知人の方が、まぐろのお刺身を届けてくださった。めちゃくちゃ幸せ


(11月26日 記)

多摩川で本格的燻製
今日は、多摩川で本格的なスモークパーティ。
高校の先輩主催の春秋の宴会に、数年前から、お邪魔させていただいています。
本業は、たぶん誰でも(すくなくとも東京在住の人は)日常生活の中で、その作品を見たことのない人はいないだろうと思われる有名工業デザイナー。ガラス工芸家としても趣味の域を超えて個展でほとんど作品が売れてしまうというこの方、燻製ももはや名人の域。一度の仕込む分量は18キロというから凄い。

できたての燻製肉のほかは、各自持ちよりの一品類。
自家製野菜の煮込みや、小ぶりのジャガイモの丸ごとサラダ(これがおいしかった)、栗ご飯、その他。
私は、白インゲン豆とひよこ豆とパブリカと玉葱のマリネサラダ。缶詰のハラペーニョ。
飲み物は、ビール。ボージョレヌーボー、他。

じつは11月末という設定と天気予報(しかも河原だ)から、かなりの寒さを覚悟して、重ね着にホッカイロをたくさん準備していったのだが、風がなかったのと、荷車を利用した暖炉(考えた人天才!)が設営されていたので、心地よく贅沢な時間を過ごすことができた。

本日学んだこと。

その1
「若いころ記憶力の良かった(勉強のできた)人ほど、メモを取る習慣自体がないので、年を取ってからの記憶力の衰えにショックが大きい」
「自分のやることをメモしておくくせをつけよう」
「メモを取ったこと自体を忘れないようにしよう(爆)」

その2
イチョウの木に雄と雌があるのは誰でも知っているが、ギンナンの実(というか種子)にも、雄と雌があるらしい......という俗説がある。(学術的には立証されていない)
http://homepage2.nifty.com/osiete/s969.htm

なお、おいしいからといってギンナンを食べ過ぎるとよくないというのは本当のようだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A6

その3
ワインオープナーもナイフもなしで、素手でワインの栓を抜く、おどろくべき裏技がある。瓶の状態が良く、手際が良ければ、5分もかからない。


(11月25日 記)

生ハム用に仕込んでいたはずのロースのうち、3分の1強は、昨日のうちに、「豚肉と白インゲンの煮込み」に化ける。
やっぱ、思いつくと食べたくなるよなぁ。

切り取った一夜漬けの豚をすこし塩抜きして、水と玉葱とハーブを入れて煮込む。
(塩は肉から出るので入れない)。
肉が少し軟らかくなってきたら、6時間ぐらい水に漬けてふやかしておいた白インゲンを入れて、1時間ぐらい煮る。
圧力鍋でもいいんだけど、今回は、コンロに出ていたホーローの厚手の鍋でやってしまった。

途中で味を見て、塩気が少なかったら足せばいいのだが、たいていは不要。
はっきりいって大変簡単で、しかもおいしい料理である。
生ハム作るつもりはなくても、豚ロースの固まりが安売りしているときはどうぞお試しを。


昨日の晩ごはん。麻婆豆腐と白菜と帆立缶のクリーム煮。あり合わせで作った料理だったけど、大満足。


(11月24日 記)

さて、今日、1.2キロの豚ロースと1.1キロの豚バラと1.2キロの牛テールを購入。
もちろん、ハナマサである。
この分量は、それが一番小さい包み(笑)だったからだ。これとヨーグルトを2パック買ったので、荷物5キロを超える。
言うまでもなく地下鉄で帰宅。(ただし、ハナマサに寄るつもりだったので、折りたたみのマイバッグ持参)

豚ロースは正月用の生ハムにするため。
塩とスパイスを擦り込み、一晩寝かせて水気を拭いてから、ピチットにくるんで水分を取りつつ冷蔵庫で熟成させてゆく。
その前の一夜漬け状態で、少し切って、煮込みとか作るかもしれないけど.......豚ロースの塩漬けとインゲン豆の煮込み、激おいしいんだよね。あ、でもそれ作ったら、半分なくなってしまうわ.....

豚バラも塩をまぶして一夜漬け込んでから、明日、中華鍋で略式の燻製にする。略式でもけっこう美味しいんだよね。
というか、こないだ忙しかったので、魔が差して、朝食用のベーコンをスーパーで買って、えらく後悔したのだ。やっぱり、朝はカリッとしたベーコン&エッグ。料理に使っても美味しいし。

牛テールは、カチカチの冷凍なので、そのまま冷凍室に。これはテールシチュー用。じっくり赤ワインとデミグラスソース(これは手抜きでハインツの缶詰)で煮込むと、高級料理になる。

さらに、昨日の麻婆豆腐の残りの半キロの合い挽き肉(つまり、600g買って100g使っただけ)をミートソースにしておく。
これも冷凍しておくと、グラタンだのラザニアだのオムレツの具だの、もちろんスパゲッティにと重宝する。

ヨーグルトはいい感じに熟成している頂き物のキウイフルーツと合わせるため。
なんか、凄い贅沢な気分になってきた。
しかも冷蔵庫もいっぱいなので、なんか豊かな気分。(おいおい)

われながら安上がりな女だな。


(11月22日 記)

さて、数日前から、ある男のことが、どうも気になって気になってしょうがない。
いや、一目惚れしたとかそういうのじゃなくて、すごい古い友達なんだけど、急に、フラッシュバックのようにしつこく思い出すんである。

ついには夢にまで出てくる始末。
(幸いというかなんというか「嫌な予感」系ではない)

おっかしいなあと思っていたら、わけあって、その人の近況を知りたいという別の人からの連絡。
気にはなっていたんで、メールを書く。
でも送らず消して、早い方がいいやと電話をかけてみたら留守だった。

うーん。こないだ、ヨーロッパから帰ってきたと聞いたばかりで、おっかしいなあと思っていたら、昨日になって別の知り合いからメール。
20日、メキシコの革命記念日にソカロで凍えながら、歌を歌っていたそうだ。
メキシコのロペス=オブラドールによる「影の内閣」の式典で、大観衆を前に。
......道理で家にいないはずだわね。

彼がこういうことをやるのは滅多にないので、たぶん、いまのメキシコの状況(左派の分裂も含め)よっぽどまずいと思っているんだろう。

暖かいハバナに帰った頃にメールでも書こう。わたしのキューバ人の最初の友だち、シルビオ・ロドリゲスくん。
あなたの好きなブレヒトの言葉のように、あなたが20年前と同じように、静かに、けれど決然と戦い続けてくれていると、ちっぽけなわたしもとても元気になれる。

一日闘う者がいて、それは良い人間だ。
一年闘う者がいて、それは、より良い人間だ。
何年も闘う者がいて、それは、とても良い人間だ。
そして、一生闘う者がいる。それこそが、不可欠な人間だ

(11月21日 記)

今度は、ちょっと違うノリの超常現象ネタ。

先日、久しぶりに、知り合いの自営業者の女性と会った。
じつは、少し前から噂で聞いていたのだが、オカルトにはまっていた。
なんでも、ある霊体験をきっかけに、それ以来、彼女の身に不思議な現象がいろいろ起こるのだそうで。

具体的には、観光地に知人といって写真を撮ると、自分の撮った写真にだけオーラや火の玉のようなものが写っていたとか、ふと小学校時代の友達のことを思い出したら、その数分後に数十年ぶりにその人と再開したとか、そういうことが続くので思い立って墓参りをしたところ、彼女が親の墓の前に立った瞬間、急にものすごい風が吹いて卒塔婆がガタガタ揺れた.....しかも、その晩、子供が夜中に起きたときに知らない女性が茶の間に座っていたと言い出し、その女性の姿形が彼女の死んだ母親としか思えない......等。
まあ、変わった自然現象とかまぐれとか偶然で片づけようと思えば、十分片づけられる範囲内ではある。極端に言えば、トランプから10回続けてスペードのエースを引くことだって、確率的にはあり得るのである。

が、信じる人は信じるかもしれない。むしろ、思いこみと軽いヒステリーによる錯覚や誤認、恣意的解釈がないまぜになっている可能性が極めて高い。

むろん、彼女は、自分に霊能力が宿ったと信じ切っていた。
かなり熱に浮かされた調子で、自分のこの体験はベストセラーになると思う、と言う。

ここで、私はちょっと引く。
出版社を紹介してくれとか、八木さん書いてください、とかいわれると困るからだ。....幸い、それはなかった。とにかくそんなわけで、彼女は、そんなこんなの自分の体験を大学ノートに書きためているのだそうだ。それが、もうノート1冊半になるとか。
放っておくと、このまま新興宗教を興しかねないぐらいのテンションだった。

というか.....正直言うと、新興宗教ってのはこうやって生まれるのだなあという、ある種の感慨さえ感じてしまったものだ。
これで、実務能力のあるマネージャーがつけば、実際に、来月にでも彼女は教祖様になっているかもしれないし、そのマネージャー役がすごく有能なら、数年後に本当に彼女の書いた体験がベストセラーになることだって、あり得ないとは言い切れない。

もちろん、私には放っておくしかない。
少なくとも彼女は、現段階では、誰にも迷惑をかけていないし、彼女自身もとても幸せそうだったからだ。
私から見ると、100歩譲って、もし本当に彼女に霊が憑いたのであるとしても、それはあまり高級な霊であるとは思えなかったのだが....。

さてそのあと、つまり、彼女と別れてから、ものすごい肩凝りに襲われた。
なんか重いものが肩に覆い被さっているという感じの肩凝りで、肩から背中がガチガチになった。揉んでも揉んでもとれない。というか、鉄のようだ。
その異常な肩凝りは、ぬるめの風呂にゆっくりつかってもとれず、翌日になると首まで上って、がんがん頭痛までしてきたので、仕方がないから除霊することにした。
100歩譲っても、あまり高級な霊ではないと感じただけのことはある。

除霊といっても、べつに坊さんや祈祷師に頼むとかではなく、自分は除霊ができると思っている友人にちょっと来てもらって、ちょっと線香つけて念じてもらっただけである。金銭の受け渡しはもちろんない。(どころか、向こうが茶菓子を持ってきた)
ちなみにこの友人は、簡単な除霊ならできると自分で思っているが、それに対して、なんの科学的根拠も客観的証拠も示すことができない。もちろん、新興宗教の教祖でも信者でもなく、ただ単に(たぶん、なんとなく)そう思っているというだけだ。

で、どうなったか。

その後、5分と経たないうちに、肩凝りはすっととれた。
もちろん、私が無意識のうちに感じていた強いストレスが「除霊」というわかりやすい暗示を与えることで、解放されたから、である。


(11月19日 記)

一昨日の日記の続き。

ふつうの人間に及びもつかない能力というのは、もちろん、サヴァン症候群が有名。

ただ、こういう極端なのは別として、生まれつきの知覚能力の強弱はかなり人によって違うのではないか、ということが言いたかったわけです。
そして、人間は、生まれながらに「自分に知覚できること」をみずから標準としますから、他人と自分が違うということを理解するということは、じつは案外難しいのではないか、と思ったり。

たとえば、色覚異常の子供は、人工的に色で識別させる(たとえば信号や地下鉄の路線図のような)ものによって、色による識別を強要されなければ、べつに不自由は感じないのだろうし、当然、自分が生まれたときから見ている景色を「ヘン」とは思わないでしょう。
というより、私たち自身、自分の見ている色が、他人の見ている色と本当に同じなのかさえわからない。

同じように、自分の聴いている音が他人と同じかどうかは、じつは誰にもわからないわけで、それを快いと判断するか、不快と判断するかでしか、実際の基準はないようなものです。

プラス能力とは逆、つまりマイナスであるLDも同じ。

それが、平均的な学校教育や社会生活に問題を生じるレベルであれば、それは障害であるし、そこまででなければ、ただの「方向音痴」とか「どんくさい」ですまされているということでしょう。

他人を理解するというのは、そう簡単なことではないのだけれど、個体差というのは大きい、ということは、いつも念頭に置くべきなのでしょうね。

以前「営業の天才」といわれる人に会ったことがあります。
まず、とにかく感じがいい。
そして、打てば響くように反応が返ってきます。そのタイミングも反応の内容も絶妙です。
なるほどな、と思ったものでした。
たぶん彼には、非常に微妙な人間(相手)の感情の動きを表情などから瞬時に読み取り、的確に反応する能力があるようです。

もちろん、それに加えて、知的好奇心が豊か。商品を売り込めるかどうかは別として、少なくとも、悪い印象は絶対に持たれないでしょう。
そして非常に記憶に残る(ルックスも、話し方も)。
なにかあったときに、あ、そういえばあの人、と思い出せるような。

逆に、この人が違う方向に走ったら、天才ホストとか、希代の詐欺師になるんだろうなあ....とも。(失礼)
それはそれで、(つまり「感じがよい」というのも)やっぱり、才能なのですよね。

それにしても、今日は寒い。
ちょっと風邪っぽいので、気をつけよう。


(11月16日 記)

先日知り合いの方に教えていただいたこと。
北斎の富岳百景について。

円弧状の大きな波とそのしぶき(その形が、広げた鷹の足爪に似ている)の遠くに、富士山が描かれている有名な図(神奈川沖浪裏)がありますね。
その波が、本物の波を写したものか否かの検証です。
人工の造波機で、高さ4mの波をつくり、その波頭が崩れる様を写真でとります。シャッタースピード1/125秒程度では、波しぶきの形はよく見かけるものと同じ先端が何となく丸いしぶきなのですが、1/5000秒にすると、あの北斎の絵のような、鷹の足の形がはっきりと見えてきます。その部分だけ見ると、北斎の画いた波しぶきと同じです。

北斎は信じられないほど動体視力が良かったらしいということだ。

ただ、じつは私の知り合いに、それに近い動体視力の持ち主がいる。
で、その人物にその話をしたら、ほほうと感心するどころか、
「そんなの不思議でもなんでもないよ。北斎だったらはっきり見えてただろうね」と、わりとあっさりと言った。

この人も、体調のいいときに集中したら、かなりの速さで動いているものをスローモーションで、なおかつものすごい精度で見ることができるという。
(たとえばかなり離れたところで、踊りなど激しい動きをしている人の、指の一本一本の角度とか)

とはいえ、人間誰でも自分の感覚的知覚を「特別」とは思わないもので、彼は、そういうことを「誰でもちょっと努力して集中すればできるもの」だと、最近まで本気で思っていたらしい。
往年の川上の「飛んでいるボールが止まって見える」という言葉を、たいていの人は比喩だと思っているが、彼には「そら(プロのスポーツ選手クラスとかなら)誰でもそうだろ」と思っていたのだそうだ。

やはり別の知り合いで、「写真記憶」を持っている人もいる。
これは山下清の例などでも知られているけれど、要するに、写真を撮るように細部まで正確に見たものを記憶する能力だ。
その人は画家だが、だから、山下清と同じく旅先でスケッチをする必要がない。写真のように記憶して、アトリエに帰ってゆっくり細部まで絵が描けるのである。
ついでに、巨大なキャンバスでも下絵も描く必要は無く、完璧なバランスで描くこともできるから、狭いアトリエなどでパーツに分解して絵を描いて、あとで屋外などで組み立てても、そこに寸分のズレも出ない。(もちろん、計算したり計ったりしていない)
この人はその能力のおかげで、教科書も写真記憶できたので、学校の成績も、教科書どおりに出題される限りにおいて、きわめて高得点だったのだそうだ。つまり教科書見ながら試験受けているようなものね。
この人も「普通とまでは思わないが、画家ならみんなできるはず」と思っていたそうだ。

音声系だと、ヘルツ単位で音を聞き分けられる人とか(これは、そのへんにざらにいる絶対音感などとはレベルの違う話である)、人間レコーダーというのもいる。こちらは、録音機のように音声をかなりの精度で記憶している人。メモを一切取らずに長時間のインタビュー再生とかが難しくもなんともないという。
(ただ、それをやると、インタビューされる側が不審に思うらしいので、形だけレコーダーを置いたり、メモを取るふりなどするそうだ)

私の回りになぜ、こういう奇人変人が多いのかという問題は置いておいて.....。
おそらく捜せば、(常識とか訓練の範囲を逸脱して)著しく微妙な光の差異を感知したり、香りを識別したりする人もいることでしょう。

※香りについては、ジャック・ガウディという伝説的な方がおられるとの情報を頂きました。Thanks>えしたさん

そういえば、以前、TVで「天然水のテイスティング」をやったら、それで、2位に著しい差をつけて、ダントツで一位になったのは、プロのソムリエでも板前でも研究者でもなく、なんの訓練も受けていない小学生の女の子というのがありました。もちろん、100発100中。

おそろしいのは、こういうかなり特殊な能力を持っている人のほとんど全員は、「複数の人から強く指摘されるまで、自分を特殊だと思っておらず」「指摘されてもなお、『努力すれば誰でもできるはず=できない人は努力(あるいは集中力)が足りないんじゃないかなあ』」と思っている。
そのくせ、なぜできるのか、といわれると「わからない。できるもんはできる」「説明できない」

もちろん、人間のいろんな能力が努力や鍛錬によって、かなり不可能を可能にしたり、あるいは能力そのものをのばせることになんの異論もないが、それとはべつのものがあるのも、確かではあるということ。
そして、自覚せずに、そういう能力を持っている人はじつは多いのかもしれないということ。

たとえば、あなたも、ときどき「どうして他の人にはできないのかな」とか「わからないのかな」と思うことってないですか?
他の人の努力が足りない、と思う前に、そういう可能性も考えられるかも。


(11月14日 記)

講演の準備。
演題なんでも、といわれるのはかえって困ったりする。

たとえば、「メキシコの先住民問題」とか「中南米のテロやゲリラ問題」とか「ラテンアメリカにおける新自由主義経済」とか、あるいはいっそ「キューバ音楽」とか「メキシコの民俗音楽」とか「チリの音楽」とか、あるいはいっそ「メディア論」とかいうなら、ぱっぱとやれちゃうんだが、当然、聴衆を非常に限定するわけ。

で、そうではなくて、「ラテンアメリカにまったく興味があるわけではない」「しかし知的水準は高い」「やや年配」という条件の人たちが「なんでもいいから1時間半ぐらい楽しめるネタ」というのは.....ちょっとたいへん。
まえに○○大学で「中南米の先住民運動」、△△大学で「メキシコの民俗音楽」というネタで講演をやったことがある(これなんて、iBook + Keynote でけっこうかっこいいプレゼンテーションも作った)が、やっぱ、それじゃ駄目だよね。

最初、「ラテンアメリカの左傾化とアメリカ共和党の敗北をふまえつつ、日本の外交について」あたりでなんかやろうかとしたが、前々回の講演者がある有名な元大使の方だったということに気がつき(しかも日本の外交批判だった)、素人が同じ路線はまずいよな。しかも、前回は、メジャーな脚本家の方である。ううむ、荷が重い。
私のあとも、最近上場も果たした有名 IT企業の社長だの、妖怪研究家だのが続くのだ。マイナーで凡庸なのは私ぐらいだ。ううむ、すごい荷が重い。

結局、19世紀から現代までの音楽史を社会経済史的側面からも分析しつつ、というあたりにした。(と決めるまでに時間がかかる)

ヨーロッパのサロンクラシックと軍楽隊の音楽が、新大陸に入り、ハバネラ〜ラグタイム〜ダンソン〜マンボ〜タンゴと変化していく姿。
同時に、そのクラシックや軍楽隊の音楽が日本に入って、江戸時代からの新内や端唄のセンティメントと融合して、軍歌〜浅草オペラ〜チンドン音楽へと変わる一方、昭和初期から戦中〜戦後すぐに入ったジャズやタンゴ、ラテンの影響を濃厚に受けて生まれた戦後日本の歌謡曲。
この時代、レコードとラジオが生まれたことで、音楽がものすごい速度で生まれ育ち変遷し、廃れたのが背景にある。
そして、タンゴにジャズやクラシックと再び交わらせて、新たな革命を起こしたのがピアソラなら、ラテンにジャズやフォークのセンスが交わって生まれたのがファニアのサルサ。

かなり乱暴にまとめるとまあこういうことを、音源交えて話すことにする。
こないだ物欲に負けて iMic を買ったので、LPやカセットの音源をデジタルにできるようになったもんね。

と、決めたらぱっぱとやるつもりが、つい音源て聞き込んでしまいますね。
ラグタイムにはまってしまったり、端唄で和みすぎたり、ベニー・モレで沈没したり、ピアソラで時間を忘れたり、ルベン・ブラデスで思わず熱くなってしまったりして.......。
やはり音楽ネタはこれだからやばい。

そんなわけで、今日の晩のおかずは、ほうれん草のおひたし、栗ご飯、ブリ大根。
さあ食べようと思ったら、味噌汁をつくるの忘れていたのに気がついてちょっと落ち込む。

耳も16961 Hzがかろうじて聞こえるぐらいなので、今日は早めに風呂はいって寝よ。


(11月13日 記)

ところで、ちょっと古い話題ですが、イグ・ノーベル賞。
今年も、「キツツキはなぜ頭痛がしないか」「なぜスパゲティは半分に割れないか」など、人を笑わせるお馬鹿な研究成果の表彰の場となっていましたが、そのなかの本年度の平和賞を受賞した項目は、ちょっと気になります。
(以下引用 Wikipedia Jaより)

* ハワード・ステープルトン(Howard Stablockquoteleton、ウェールズ、マーサー・ティドビル)
十代の若者には聞こえるが大人には聞こえない不快な高周波ノイズを発する電子式ティーンエイジャー撃退機を発明したことに対して。また同じ技術を、十代の学生には聞こえるが大人の教師には聞こえない携帯電話呼び出し音に応用したことに対して。
店にたむろする少年達に対し、「モスキート」と名づけられた機械を使うことで店内から追い払うことに成功したニュースが世界で報じられたが、この技術は若者によって授業中の電話に逆用されている。

この記事は、日本の新聞でも出たので、知っておられる方はあるでしょうが、その問題の音って、聞いたことありますか?

http://saunderslog.com/2006/06/12/the-mosquito-ring-tone-this-adult-can-hear-it/
この文章の下の方の、Mosquitoという青いリンクをクリックすると音が流れます。

ついでに、15102 Hz, 16000 Hz, 16961 Hz,17959 Hz(モスキートより高周波)も聞こえるかどうかの実験ができます。
ちなみに、わたしは全部聞こえた。若いってことか、原始的というか..? 若いんだと思っておこう。

なお、あんまり安物のスピーカーとかヘッドフォンだと、機器自体が高周波を再現できないために聞こえない可能性はあります。

ちなみに、その他のお馬鹿研究については、以下のリンクをどうぞ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B0%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E8%B3%9E


(11月12日 記)

ここのとこ、ブラウザの新バージョンがいろいろ出ている。
Firefoxも2.0になった。これ、けっこうきれい。拡張機能もほぼすみやかに対応した。
タブの細かな設定もデフォルトでついている。
残念なのは、まだAcid Faceテストを合格していないことだけれど、3.0で対応予定だそうだ。

しかし、なんといっても驚いたのが、Shiira
このシイラというの、Macintosh専用ブラウザで、Safariと同じKonqueror系のレンダリングエンジンを使っている。で、デザインはSafariより考えているな、という感じはあったものの、いままで大きな違いはなかったのだが.....いま、ベータ版として出ているShiira2.0b1、これがすごい。
透過パネル式サイドバーとか、MenuDocとか、タブのサムネイル表示とか、相当に便利で、しかも綺麗なんである。ページ情報とかもかなり充実。
まだ、ベータ版なので、実装不完全な機能もある(たとえば、Safariのブックマークは自動で取り込んでくれるが、Firefoxのはまだできない)が、これ、公式リリースされたら、かなりお勧め。
というか、Macintoshユーザーは、「Macintoshユーザーで良かったぁ〜」と嬉しくなること請け合い。

私は、Firefoxをばりばりにカスタマイズして、マウスジェスチャ機能とか、フォームへの入力自動化とか、ユーザーエージェント偽装とか、ソースを外部エディタで開くとか、Fire Dictionaryとか.....まあ、そういうややおたっきーなオマケをいろいろつけている。そのなかでも、マウスジェスチャ(All In One Gestures)とWeb Developer(ページのhtml解析やパスワード忘れに超便利)は、ほぼ必需品となっているので、完全乗り換えはちょっと無理かもしれないけど、Shiiraがこんだけ進化すると、併用はすると思う。いうまでもなくSafari系なので、Acid Testはとっくにクリア済み。

で、Internet Explorer 7.0のほうはというと、いまだにAcid Faceテスト合格は、目標どころか、雲の上の出来事のもよう。
しかし、頼むから、もうちょっとまともにスタイルシート対応ぐらいはしてもらいたいものだ。
君の偏差値では、合格ラインは到底無理として、せめて赤点とらないでくれ、という感じ。いや、せめて名前ぐらいまともに書いてくれ、という感じ。
もし、IE7.0開発責任者の趣味がビオラを弾くことだとしても、べつにわたしは驚かないが、このページの最後に出てくるBBS交響楽団のテストで、20点は取ってほしい。

(どうでもいいが、こないだ、趣味でクラシックを演奏しているという、死ぬほど要領の悪い人に会った。まさかと思って楽器を訊いたら、ほんとにビオラ奏者だったので驚いた。まあ、ソプラノ歌手に言われたかないと思うが)


(11月10日 記)

きれいで大きなカリフラワーが安かったので、パブリカも買って、本日はメキシコ風のピクルスを作る。
あとの材料は、たまねぎとにんにく。ハラペーニョは生が手に入らないので、缶詰を使う。これは好みなのでなくてもいい。
ホーロー鍋にサラダ油を多めに入れ、野菜を茹で煮にして(水は入れない。野菜から出る水分だけ)、柔らかくなったら、酢と塩とハーブを入れて、一晩漬けておくだけ。
このちょっとピリ辛のピクルス、酒のつまみに最高である。むろん、肉料理や卵料理などにも合う。水気を切ってスライスすれば、サンドイッチにもよし。

晩ご飯は、簡単にソーセージとポテトピューレ。
ソーセージは市販のだが、ポテトピューレがポイント。これは南米のチリで学んだ重要な教訓ふたつのうちのひとつ。

「ソーセージとポテトピューレは相性抜群」

ジャガイモをたわしでよく洗って、お米と一緒に炊飯器にぶちこんで、ご飯が炊きあがったらイモを取り出す。
皮がするっとむけるので、皮をとって潰して、塩胡椒と牛乳を入れて、やわらかめのピューレにする。
ちょっと面倒くさいけど、炊飯器を使うと、蒸すのは簡単だし、潰すのもフードプロセッサがあると簡単。
このピューレ、ソーセージに合わせると、おいしいんだよ〜!
ディジョンのマスタードがあると、さらによし。

キャベツがあったら即席ザワークラフトを添えると、もっといい。
キャベツの千切りをレンジでチンして、しなっとしたら塩と少量のオリーブ油と酢であえて、ちょっと置いておくだけ。ただ、分量がすごく小さくなるので注意。

あとは、バナナを切って、ヨーグルトと砂糖で和え、シナモンをちょっと振ってメキシコ風の簡単デザート。
(メキシコではほんとはサワークリームで和える)


(11月9日 記)

ちょうどベネズエラをねたにしたところで.......まったく偶然なのだが、いま、ベネズエラ文化週間なのだそうだ。
大使館の方からお電話でお誘いいただいたこともあり、ベネズエラ音楽のライブに行ってきました。

なんと、無料!
いや、八木がご招待客だとかいうのではなく、全員入場無料という太っ腹なコンサートです。
しかも演奏は、すばらしい。

ベネズエラの「エル・クアルテート」という4人組で、ベネズエラの民族音楽をベースにクラシックやジャズのセンスを織り込んだセンスのいい音楽を演奏する。
といっても、景色が見えないでしょ。
ベネズエラの音楽といっても知られていないですもんね。

ベネズエラは、かのチャベス大統領のおかげで、世界でもっともホットな国として注目を集めているけれど、ここの音楽、じつはそれなりになかなかのものです。
6/8拍子と3/4拍子の混合拍子は南米大陸各地にみられますが、ベネズエラのは、それにカリブ風味のカリブ系のポリリズムが加わって、独特の風味を出しているのです。トリニダード&トバゴとは対岸なので、音楽的影響も強い感じ。

だから、ベネズエラ風ワルツというのも、3/4拍子じゃなくて、すごくシンコペーションつきの6/8拍子。

ベネズエラ風メレンゲにいたっては、(ドミニカのメレンゲとはまったく別物)、5拍子。
この5拍子メレンゲは、すごく乱暴にひっくくるなら、東ヨーロッパに見られる変拍子が、足し算系(3+2とか、4+3とか)なのにくらべて、ベネズエラの5拍子は、(6-1の)引き算でノっていく感じ。
そして、カリブのポリリズムが入っているので、それぞれの楽器セクションのアクセントが入り組み、大きなうねりを作っていきます。

非常に錯綜していてスリリングな音楽です。
いわゆる「南米のフォルクローレが好き」という人よりも、たぶん、ジャズや変拍子系の音楽が好きな人が聴くと、けっこうつぼにはまるのでは。
明日も赤坂区民会館で無料のライブがあります。

地方公演もあるようです。


(11月8日 追記)

米中間選挙で、史上初のイスラム教徒下院議員が誕生
http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006110801000385.html

ついでに史上二人目の黒人知事誕生。
http://www.asahi.com/international/update/1108/016.html

そして、下院では民主党が多数を取り、上院は激戦。
アメリカ人も馬鹿ばかりではない。

一方、ニカラグアではサンディニスタのダニエル・オルテガが復活当選。
私は個人的にはオルテガは好きではないが、彼のもとにサンディニスタが結束し、政権を奪回したことは、心から祝いたい。

ついでに国連安保理非常任理事国の中南米枠は、パナマに決定。
これは、米国を後ろ盾にしたグァテマラとはっきり反米の「あの」ベネズエラが激しく争っていて、10月16日以来、47回の投票をやっても決着がつかなかった。
アメリカとしては、ベネズエラの非常任理事国入りだけは死んでも阻止したかったので、それはすごい外交戦が行われたということだ。
一方投票する側としても、いま、ベネズエラに票を入れるということは、アメリカに喧嘩を売るも同様なわけで、にもかかわらず、ベネズエラがこれだけ健闘したということは......?

で、結局、膠着状態になって、間を取ってパナマでみんな納得。丸く収まったというわけ。
でも、パナマの大統領マルティン・トリホスのパパは、パナマ運河をパナマ人に取り戻し、裏では、カストロとはお友達で、アメリカの経済封鎖破りをやっていたオマール・トリホスである。
(そのへんの事情はこちら参照)
そして、長らく事故死とされてきたが、今年の3月に「CIAに暗殺された」ことが明らかにされた人でもある。
もちろん、マルティンは「穏健派」とされているが、大統領に就任してすぐ、さりげなく対キューバ関係を改善させている。ちなみに、ベネズエラとは緊密な経済関係があって、いま、パナマ運河を拡張するために投資してくれる国を捜している。

「間をとって」この人というところ、この外交戦、いまごろチャベスはにやりと笑っていることだろう。


(11月8日 記)

最近、「努力」という言葉をよく聞くような気がする。
まあそれは、「努力しても格差が開く」とか「努力しないと必ず負け組」いや「戦う前から戦意を喪失しているのは問題だ」みたいなニュアンスが多いのだけど。
しかしな。これって、間違いではないけど、一面的でしかないような気もするのだ。

いや、べつに「努力云々なんて言葉は、あんたが来世でアフリカの先天性エイズの子供に生まれ変わったときに、よく思い出してください」なんてイヤミを言いたいわけじゃなくて。

メキシコのけっこう有名なジョークでこういうのがある。

あるメキシコの湖の村で、ひとりの漁師が暮らしていた。
漁師は朝になると、小さな船で湖に出て、家族が食べる分と市場で少し売る分だけの魚を釣って、昼前に戻ってきた。
そして、昼に市場で新鮮な魚を売って、少しの現金収入を得ると、それでささやかなほしい物を買い、午後はハンモックで昼寝をして過ごし、夕方になると友達とギターで歌を歌って暮らしていた。
そこに一人のアメリカ人がやってきた。アメリカ人は漁師の暮らしを見て驚いてこういった。
「なんということだ。この湖にはいい魚がたくさんいる。私ならもっと大きな船を作り、いまの5倍の魚を捕って売上げを増やすだろう」
メキシコ人は言った
「ほう、それでどうなるんでさ、旦那」
アメリカ人は言う
「そして金を貯めるんだ。貯めた金でもっと大きな船を作り、もっとたくさんの魚を捕る」
メキシコ人は言った
「ほう、それでどうなるんでさ、旦那」
アメリカ人は言う
「たくさん金が貯まったら、水産工場を造り、ここで魚の加工もできるようにするんだ」
メキシコ人は言った
「ほう、それでどうなるんでさ、旦那」
アメリカ人は言う
「魚の缶詰を作って世界に輸出するようになれば、莫大な利益を上げることができる」
メキシコ人は言った
「ほう、旦那、それには何年ぐらいかかるようになるんでさ」
アメリカ人は言う
「私の計算では、君が一日12時間働くとして、20年ほどだね」
メキシコ人は言った
「ほう、旦那、それで20年経ったら、わしはどうなるんでさ」
アメリカ人は言った
「朝から釣りをして、そのあとはハンモックで昼寝をして、夕方には友達とギターを弾いて歌って暮らせるようになるんだ」

(11月7日 記)

で、略称ネタ。
キューバ人とかメキシコ人はこういう略称が大好きです。
(詳しくは昨日の日記参照)

でも、外国人に言われたってわかんないっての。
辞書にも載っていないから大変です。
新聞でもすでに略称で載っているから、下手すると記事の意味がぜんぜんわかんない。

そのへん気をつかってくれる友達がいると、適宜、教えてもらえるのですが、問題は、ラテン系の連中は一般的に喋るのが好きで、気を遣ってくれる人は非常に少ないという事実。

「いまさ、オアハカど〜なってんの?」
「それだよ、APPOがPFPと激突してCUで睨み合ってて......(しばらく停まらない)」

と、ひとつの質問に100倍ぐらいの答えが返ってくる。

あまりスペイン語が得意でない外国人にとっては、何かひとつ質問をしたら、なるべく「簡潔明瞭に」答えてもらいたいものだ。
100語以上で懇切丁寧に説明されると、かえってありがた迷惑なのだが、彼らは、まあそう言うことは考えないのである。

これはこないだフランスに行ったときにも「やっぱこいつらラテン系だわ」と思ったものだった。ハウスワインをグラスで、とか、トイレはどっちかと言うてるだけなのに、なんでそんなにぞろぞろ長い答え(しかも次の質問付)が返ってくるの?

まあ、スペイン語の場合は、私もある程度、耐性(ってウイルスかよ)が出てきたので、そう簡単にわけわかめにはならなくなってきたが、しかし、「略称」、こいつには油断をすると撃沈されてしまうのである。

んで、相手が、PFPの暴虐ぶりについて、ひとしきり熱〜く説明してくれたあとで、
「それで、PFPってなに」
というのは、とっても訊きづらい。

いやまあ、今回のようなケースの場合は、ある程度、会話の内容で「PFP(ペーフェペ)ってのは軍隊か治安警察だな」とか「APPO(アッポ)ってのが、おそらくデモ側だな」とかなんとなくわかるので、あとで調べればいいわけだが、話がそうわかりやすくない場合は、これは困る。
とくに政府関係機関の略称とか大学の施設関係の略称、これはほんとに、自分に関係のあるメジャーなやつ以外、わかんない。なんでメキシコ人やキューバ人はみんな当然のように知っているのだろう。

だから、ある宴会で、最後まで話題がなんなのかよくわからなかったことがあったり。途中で、自分がすごーく勘違いしていることに気がついたり(笑)
こういうとき、キューバにはラムが、メキシコにはテキーラというものがあって良かったなと心から思ったりするのである。
もっとも、最近メキシコのテキーラは値上がりがひどくで、気やすく飲めなくなってきているんだけど。

本日の教訓:
外国人が何か質問をしてきたら、なるべくゆっくりわかりやすく簡潔に答えてあげましょう。

例:
「チヨダセンハ、ドコデスカ」

×「あ〜、それはね。ここまっすぐ行って、ええと50mぐらいかな。行ったら、ホームのはじっこに、たぶん上にあがる階段があると思うんで、そこを上ってそのままずっと行ったら、半蔵門線があって.........」

○「まっすぐ。緑のマークを捜せ」


(11月6日 記)
6A.jpg

メキシコ・オアハカは小康状態、
とはいえ、日曜日(日本時間で昨夜)、軍隊の撤退と知事辞任を求める大デモ
軍側は、オアハカ中心部の歴史保存地区(要するに観光地)のあたりを鉄条網で囲んだとか。
今日もデモがあるらしい。

以下は、オアハカ人民会議(APPO)のサイト。
http://www.asambleapopulardeoaxaca.com/
今年の6月のデモの主体となった教職員組合を中心にしたいろいろな労組、新自由主義経済に反対する市民団体、人権関連のNGOなどの連合体である。メキシコ関係のニュースを読むと、略称でAPPOと書かれているのはこっち。
それにしても、マルチメディアを駆使して、デザイン性もあるサイトです。
YOUTUBEも利用しまくっています。いい時代だなあ。

oaxacalibre.jpg

思えば、サパティスタ(1994年に世界で大ニュースとなったメキシコのチアパスのゲリラ蜂起)の頃は、ゲリラ側が山奥から自家発電でラジオ電波送って、それを協力者が書き起こしてFAXで都会に送ったりとか、現地撮影したビデオを軍隊出し抜いて都会まで持ち込んで、ひそかに編集・ダビングしたのを、これまた信憑性を失わない程度に出所と作成者を曖昧にして、マスコミ関係者に流したり.....と、関係者の方たちも、かなり頭と体を使っていたものですが、いまはYOUTUBEいっぱつ。編集もiDVDであっという間。

ただ、その分、希少性が薄くなったのと、一方で、マスコミの統制度も高まって、ゲリラ側の送ったFAXを、メジャー紙がいきなり一面トップで掲載してくれたり、画像の悪いビデオで上映会やったり放送で流してくれたりしなくなりましたから、どっちがいいとは簡単には言えません。流すことが簡単になった分、情報の重みや切迫感が薄れてしまっては、本末転倒ですしね。

poderdelpueblo1.jpg

まあ、それはいいとしまして(ほんとはよくないけど)、デザインといえば、このサイト
今回のオアハカ関連の、(つまり政治系)ポスターやロゴデザインなどを集めたブログなんですが、美術やグラフィックデザインのレベルの高いメキシコならでは!
すでにグラフィックデザインコンテストのような状態になっておりまして、いずれも、かっこよくておしゃれです。ダウンロードもできます。
(APPOだけではなくて、賛同を表明しているあらゆる政治団体のものも含まれていますので、誤解なきよう)

で、略称の方に戻ると、PFPと書かれているのが軍。
Partnership for Peace、ではもちろんなくて、Policia Federal Preventivaの略称。
軍と訳していますが、正確には連邦予防警察。警察といっても、軍警察と国家安全調査局、警察の対テロ部隊で構成されています。例の9・11以後の「テロ対策」以後、予算が投入されて強化された組織で、事実上の軍隊ですが、国防省ではなくて、内務省の管轄となっているため、大統領が簡単に動かせるというわけで、表向きは麻薬対策や広域犯罪捜査、テロ対策をすることになっています。

UROは罷免要求の出ている知事のUlises Ruiz Ortiz、CUは(メキシコシティの地下鉄の駅名にもなっているけど、Ciudad Universitaria=大学都市)

まあ、経済企画庁を経企庁というようなもんなんですが、中南米のスペイン語って、やたらにこういう略称が多くて、しかも漢字で類推できる日本語と違って、イニシャルなんで、ちょっと油断するとわけわかめになります。


(11月5日 記)

昨日の日記に追加補足。

オアハカ支援のキャラバン隊がメキシコシティを出発。
オアハカでは小規模ながらデモが続き、メキシコシティでも、オアハカ系住民がフアレス通りを封鎖。
一方、不正選挙によって大統領選で「敗北した」AMLOこと、ロペス=オブラドールはシャドウキャビネット樹立を宣言。

ただ、そうはいっても、現在、メキシコシティの大半は平穏です。

ただ、メキシコ観光を予定されている方は11月20日にご注意ください。
この日はメキシコの革命記念日です。

オアハカへの連帯抗議行動のアクションがあちこちで起こると予想されます。
チアパスの先住民ゲリラEZLNも、いちおう、この20日に大規模アクションを呼びかけています。
メキシコシティでも、AMLO+PRD左派が、この日にソカロあたりでデモを企画する可能性はあります。
(註:あくまで可能性に言及しているわけで、あるといっているわけではありません。私はEZLNでもPRDでもありませんし、個人的な意見としては、大きなことにはならないと思います)

後者は平和的なデモになると思いますが、PRDのデモになれば、交通はかなり遮断されるでしょうし、UNAM(国立自治大学)の学生たちがどれぐらいおとなしくしているかは定かではありません。
コヨアカンあたりは平穏だと思いますが、首都の主な観光地はソカロ(憲法広場〜大統領宮殿)あたりに集中しているので、初めてのメキシコ観光の方は、観光どころではなくなる可能性があります。


(11月4日 記)

さて、Indymediaについて補足。

名前の通り、インディメディアは、インターネット上の自由投稿制のニュースサイトです。
そういう意味では、JANJANとかオーマイニュースみたいなものです。

で、殺害された Willian Bradley Roland (Brad Will)氏は、これに参加していた「市民記者」で、いわゆる「プロ」のジャーナリストではありませんでした

逆に言えば、なぜ、このオアハカの事件が日本で報道されないのか。
いや、特派員が記事を送っていても、本紙で掲載されないのか。

フランスの暴動で金髪碧眼のフランス人学生が一人死ねば、日本でも報道されますが、メキシコ人は10人死んでも、ルワンダ人やレバノン人が1000人死んでも、大したニュースバリューはない。
イラク人にいたっては毎日死んでいても報道されない、という、抜きがたい「発展途上国の人命は軽いから、日本人が死んだり誘拐されるのでない限りニュースにはならない」という感覚があるということです。
そのうえに、今回のアメリカ人青年の死も、これが、ニューヨークタイムスやワシントンポストの記者ならともかく、「市民記者」だったわけですから、「記者とは記者クラブに護られ、特権的であるのが当然」と思っている日本の新聞社には、他人事以外のなにものでもないでしょう。

もし、彼が日本人であったとしたら、おそらく日本では「自己責任論」がまた盛り上がるに違いないわけで、だとしたら、アメリカ人の「お調子者の市民記者」の死など、なんで伝える必要がありましょうや。
CNNが大きく伝えたとは、誤算でしたね。これらに彼の「自己責任」を問う論調はもちろんありません。これも誤算だったでしょうか。

しかし、オアハカは有名な観光地です。
「地球の歩き方」などでもたくさんページを割いていて、日本人の観光客もたくさん訪れるところです。
それだけに日本人の安全を考えるなら、このオアハカの現状を伝えるということに意味がないとは考えないのでしょうか。

何も知らずにオアハカに着いてしまった日本人旅行者が巻き込まれて怪我をしたり、死んだりしたら、それはやっぱり「自己責任」なのでしょうか。

まあ、メキシコ政府は、「オアハカに暴動は起こっていない」という見解のようですし、(それを言うなら、チアパスのゲリラ蜂起の時も、メキシコ政府は「すぐ鎮圧」と主張したぐらいです)、外務省の海外地域情報にこの程度掲載すれば、あとは知らない方が悪いってことなんでしょうかね。


(11月3日 記)

ええ、すでにBBSに書いたことの焼き直しですが、改めてここに書きます。

現在メキシコのオアハカがすごいことになっています。
これまた日本のマスコミはほとんど報じていませんが。

発端は、教職員組合の賃上げストライキ。これ自体はある意味、定例行事だったのですが、それが、知事の汚職や不正問題にからんで、例の不透明な(というより、露骨な不正選挙だった)大統領選への怒りが加わってエスカレートし、教師達だけではなくて、ほかの労組や一般市民も加わった抗議行動に発展。
オアハカが混乱状態に陥っていたのですが、警官が市民数名とアメリカ人ジャーナリスト Willian Bradley Roland (Brad Will)を射殺した事件を契機に、フォックス大統領が軍を投入。発砲。
現段階で死者10名と多数のけが人、逮捕者が出ています。オアハカ空港も閉鎖。

(ただし、Brad Willは軍人に撃たれたという信憑性の高い報道もあり、フォックスの口実そのものが欺瞞である可能性も)

その直後、フォックスはTV(もちろんテレビサ)に出て、ぬけぬけと「オアハカに平和と秩序は取り戻された」などと発言しましたが、現在もオアハカ自治大学などでは、内戦状態。
これに連帯して、メキシコ各地でも抗議行動が激化しています。

そんななかで、昨日はライブでした。

せっかく死者の日だし、このモノローグにもそういうネタを続けていたので、カトリーナのコスプレでもしようかと、かなり本気で思っていたのですが、場所が六本木ということもあり、「ただの日にちを間違えたゴスロリおばさんにしか見えないのではないか」という、ある方のきわめて鋭くも的確な指摘があり、かろうじて思いとどまりました。

いやいや、オアハカの事件の詳細が伝わってきて、あんまりふざけている気分でなかったのもありますが。

でなわけで、死者の日にちなんだ曲も数曲。常磐津風歌曲もあり。ピアソラもサンバもあり。
でも、連休前の木曜って、観客動員悪かったすね。(苦笑)
いままでで一番入りが悪かったんじゃないか。前回も前々回も、予約なしだとあぶなかったぐらいだったのになあ。
ということで、べつに八木のファンが確実に増加していたわけではなくて、ここしばらくが単なるまぐれであったことが判明しました。(自爆)

ということで、来年は11月2日にライブをぶつけるのはやめにします。死者の日にちなんだ曲はしたがって封印されてしまうので(ごめんね小林くん)、昨日来なかった方はせいぜい後悔するように。(なんちゃって)

とまれ漫談ネタも必然的(?)に、やや過激化。(このとこ毎度じゃないかというツッコミは不可ね)


(11月1日 記)

死者の日で、またまた思い出した話。

オアハカのテワンテペック地峡のあたりに、サポテカ語という言葉を話す人たちが住んでいます。
フリーダ・カーロのファッションでもおなじみの、美しい刺繍のある民族衣装でも有名なところ。
そのあたりの歌で、「最後の言葉」という、美しい歌があります。

あなたに別れを告げようと、
私のくちびるはわずかに開く
私の心はどうなるの
わたしがあなたから離れていくのであれば
どうか、一緒に来て、いとしい人
私と一緒に同じ道を歩きましょう....

という歌詞で、私はずっと、これは別れのラブソングだと思っていました。
別れを告げつつ、思い切れない。で「やり直せない?」みたいなことを言っている歌だと。
で、これまたとても綺麗なメロディで、一時、レパートリーにしていたのですよね。

ところがあるライブで、お客さんで来ていらしたメキシコ人の方(それも神父さん)が、あとで楽屋にいらして、衝撃の事実を告げてくださったのです。

いわく。
自分もずっと忘れていたが、じつは自分は田舎のインディヘナの村の出身で、確かにこの歌を、子供のころに聴いてよく知っていた。何十年ぶりに聴いたことか。.....これは、サポテカのお葬式の歌だ。

\\\\\(゚O゚)/////

まあ、まさか京都で、サポテカ語をわかる人に会うと思わなかったけど、そういえば、私が知っているバージョンのうちのひとつ(で、サポテカの歌手がサポテカ語で歌っている、たぶん原典に近いもの)は、お祈りの文句のようなものをかすかにBGMに流しながら、太鼓とバリトンサックスの伴奏だった。

(註:この地域は、先住民系の人たちが演奏する、ブラスバンド音楽で民謡の伴奏をすることが珍しくない。これは、ナポレオン三世がメキシコを占領したときに持ち込んだフランスの軍楽隊の音楽が土着化したもので、独特の哀愁があります)

で、ここ数日、メキシコ人の死人ネタに馴染んでいらっしゃる方はもうおわかりでしょう。
そうです。
これは、ほんとは「死にゆく者が生者を連れて行こうとする」歌だったんですよ〜!

そういえば、この地域の歌としてかなり知名度の高い「ジョローナ」(これも八木歌ってますが)も「泣き女」。つまり、お葬式の時の泣き女から来ています。
歌詞も、(じつはいろいろなバージョンがありますが)

墓場の花は何を思っているのだろ
風が吹いたら揺れる姿は
まるで泣いているようだ

なんてのがあって、十分、縁起悪さの点では合格ライン。(どういうラインだ)

さらにメキシコの歌として世界でもっとも有名な歌である、「ベサメ・ムーチョ」。
あれも、ただのラブソングではなくて、死にゆく恋人に別れを告げる歌。
重病で死にかけている恋人に「これが最後のように、熱くたくさんキスして」という曲です。
みなさん、結婚式の余興などでうっかり歌わないようにご注意ください。(註:祝福したい新郎新婦の場合)


(10月31日 記)

昨日の歌では「お墓にはいるところ」で終わっていますが、なんの、メキシコ人はすごいです。
お墓に入ってからの歌というのもあります。

「黒い婚礼」という曲ですが、墓守があまりに美しい亡骸を見て、夜中にこっそり掘り返し、骨になった彼女に永久の愛を誓うという、怪談にしてもかなりやばそうな話ですが、これがまた、なんといいますか......ロマンティックなチークダンス系メロディなのでして。

まあ、死についての認識の違いは、日本のような多湿の気候では、死体の腐敗が早く、また、伝染病などの温床になりやすかったので、死体そのものが危険物であったということもあるでしょう。
その点、メキシコは多くの地域で乾燥地帯なので、死体は腐敗しにくい。

昨日ご紹介した歌のメキシコのグァナファト高原もかなりの乾燥地帯ですが、この州の州都グァナファトにいたっては、「ミイラ博物館」というものがあります。

グァナファトの土壌と気候のせいで、遺体は腐敗せず、数年で飴色のミイラとなります。

で、この博物館は、「供養料を支払う係累がいなくなったミイラ化した死体」を共同墓地から取り出して、博物館に展示して見物料を取る(爆)という、それはもう、縁起の善し悪しどころか、ご遺体への畏敬の念のかけらもない博物館なのであります。ほんとです。ちなみに市営です。

ちゃんと説明書きもありまして、「世界一小さいミイラ=赤ん坊のミイラ」とか、花嫁衣装のまま朽ち果てた「結婚式の当日、花婿が別の女と逃げたことを知って、そのまま湖に身投げした花嫁のミイラ」。挙げ句に、この土地のミイラ化の研究に来たドイツの博物学者の「ミイラ取りがミイラになったミイラ」.....。
(ちなみにわたしは、ここの博物館の職員さんに「日本人のミイラのコレクションて、まだないんですよね」と熱い視線で見つめられたことがあります)

で、どっぷりミイラを見たあと、出口で売っているのが、「ミイラの写真集」「ミイラの絵葉書」。そして、お土産きわめつけが、「ミイラ飴」。

いや、ミイラって確かに飴色していますが........またこの飴細工が、けっこうよくできているんですよ。はっきりいって、かなり似ている....。
で、こんな悪趣味なもの誰が買うのかと思ったら、メキシコ人の家族連れとかにはよく売れていますね。(爆)
で、ミイラ飴ぺろぺろ舐めながら帰っていきます。さすがメキシコ人、子供の頃から、こういうのに馴染んでいる。すごいよなあ。

それで、昨日、ハロウィーンと死者の日についてご質問を頂きました。
キリスト教で11月1日と2日は「諸聖人の日」という祝日ですが、イギリス・アイルランド・アメリカのハロウィーンはそれを「イブ(前夜祭)」として祝います。
不気味なものを飾るのはケルト(ドルイド教)の伝統をひいていて、不気味なものを飾ることで、悪霊を脅かして追い払うという意味合いがあるそうです。

一方で、メキシコでは、イブではなくその「諸聖人の日」そのものを祝うわけです。(っても、10月後半からはすでにお祭りモードではありますが)で、こちらは古代メキシコの髑髏崇拝というか愛好癖と結びついて、べつの雰囲気を醸し出しているというわけです。

不気味なものを飾るという点では、一見、似ているようですが、こちらは悪霊を追い払うというより、死んだ人たちも仲間に入れて一緒に楽しみたいという雰囲気で、そもそもメキシコ人は髑髏や骸骨を「不気味」と思っていないところが、かなりニュアンスが違います。

いま、私のプロフィルページにある、どことなくユーモラスな、羽根帽子で着飾った髑髏の女性の絵は、メキシコでは知らない人はいないほど有名なキャラクターで、名前は「カトリーナ」さんというのですが、死者の日の広場に行くと、このカトリーナのグッズが売られていたり、カトリーナ扮装をした女性(たいてい演劇をやっている若い女性の小遣い稼ぎ)が写真のモデル(子供と手をつないで写真に入ってあげる)をやっています。子供はもう大喜び。
この死者の日には、仲良し同士で髑髏チョコをプレゼントしあったりするのもふつう(おでこに相手の名前を入れてあげるのが、さらに可愛くてよいとされている)

ちなみに死者の日を前に、下記サイトでは「髑髏チョコ」は売り切れ
http://www.mexgrocer.com/10069-3.html

なんつってると、明日もうライブです。
ご来場の方、抽選で1名様にミイラ飴を差し上げます。(もちろん嘘)


(10月30日 記)

死者の日記念特集(勝手にやってどうする)
死にまつわる、本日のメキシコの歌。グァナファト高地の民謡です。

muerte.jpg
(陽気なコーラス)
>死神は公平にやってくる
>年寄りでも若者でも連れて行く
>死神はいつでもやってくる
>旅人だって、逃れられやしない
死神は確実にやってくる
正しき者にも罪人にも
医者も司祭も逃れられない
よくお祈りをする人だって
酔っぱらいだって逃げられない
人を殺した殺人犯も、
結局、自分も墓場行き
(陽気なコーラス)
calavera.jpg
僧侶も預言者も
懺悔をしてみたとていざとなりゃ
医者も高い薬も無駄なこと
歌手も詩人も同じこと
金持ちもその日暮らしも職人も
やっぱり死んでしまうのさ
その点、大工はちょっぴり有利
自分で棺桶作っておける
(陽気なコーラス)
いずれ死神はやってくる
そして素早く命を取る
彼女(死神)に係累はいなければ
兄弟だっていやしない
少年も老人も
魔術師ですら連れて行かれるのさ
たとえいい学校を出ていても
どんな特権も通用しない
(陽気なコーラス)
cruzazul.jpg
そしてお墓に入るのさ
遅れることなく進んでいく
お棺の中で、ひっそりと
4人で担いでもらってさ
女たちは泣いてくれるさ
だって、これが最後だもの
ついでにラムでも封を切りゃ
もっと涙が出てくるさ
(陽気なコーラス)

ここまでくると、ほとんど哲学の域に達しているかと。


(10月29日 記)

もうちょっと、「死者の日」がらみで、続けます。

日本においては「死」は「ケガレ」であり、忌み嫌われ触れないようにしていたという文化的土壌が根強くありますね。

これがメキシコになると「死」はケガレではなくて「ハレ」なのです。
たぶんこれも、古代のマヤやアステカの時代、死とは「とても名誉ある、神様に近づけること」と信じられていた名残でしょうか。

もちろん家族や恋人や友人が死んでしまったら、メキシコ人が悲しがらないわけではなく、その別離の悲しみの感情は同じなのですが、そのあとの死者、つまり、日本だと「霊」になってしまうものの感覚が違うのですね。

日本だと死はケガレだから、基本的に霊というのは悪霊であって、祟りをなすもの、退治し、追い祓うもの。ちゃんと供養しないと肉親の霊といえど怖ろしい、という感覚は古事記のイザナギ、イザナミ伝説でも見られます。

メキシコの場合は、人間の死とは、神にエネルギーを与えるために必要なもの。戦士の魂は美しい蝶々になって死者の日のころに帰ってきます。これはアステカの伝承。
そして、骸骨たちはリボンやフリルをまとったドレスを着て、羽根帽子をかぶって、歌って踊って、愉しい宴会をする。(これは植民地時代〜19世紀のモティーフですね)

それに加えて、昨日の詩でもそうだけれど、スペイン語では「死 La Muerte」は女性名詞なので、イメージとしては女性。
ゆえに、死神のイメージも、鎌を持った不気味なオッサンなどではなく、雪より白いドレスに身を包んだ、エレガントな貴婦人。

Calacas

その美女に誘われて、死んだら、もう身分も階層も義務も貧困もしがらみもない。
美醜さえ関係はない。
みんな自由に着飾って、遊び放題ってわけです。
そういう死があると思うからこそ、生もまた救われる。

だから、メキシコでは、そういう骸骨のモティーフ(時には模型)を家に飾ったり、髑髏のグッズを飾るのは、「とっても縁起のいいこと」なんです。

死者の日には、広場やホテルや会社のロビーなど、人々の集まるところには、死んだ有名人やまだ生きている人たち(近所の人やスタッフなど)のお墓が作られます。
蝋燭とお花と切り紙でそれはきれいに飾られて、ある意味、クリスマス・デコレーション以上に、気合い入りまくり。(というか、10月に入ったら、メキシコ人はそれは熱心に、死者の日の飾りつけの準備を始める)

さすがに首都圏では最近あんまりやりません