1)--------------------------------------------------------------------------- そして、PANDORA REPORTが、ほんとうにノンフィクションなのかお疑いの貴兄に ついに、登場、現在進行形サルサ編です! このフォーラムでもお馴染みのあの人、この人が、PANDORA REPORTの世界に加わって 世にもおそろしい事態が発生し、それとともに、生まれた恐るべきバンド....。 では、その発端、94年の《事件》から、どうぞ。 ____________________________________________________________________ PANDORA REPORT七転八倒サルサ編1 「君がサルサ歌手をやるとは、まったく遺憾だ」(-_-;) ハバナの5つ星ホテル、リビエラのロビーの革張りのソファで、ワタシの前に座った モンテスが重々しく言った。 PANDORA REPORTの過去のログをお読みの方はご存じのように、モンテスは元ミュージ シャンで、その後は天才ピアニスト,フランク・フェルナンデスの敏腕マネージャー として知られ、このころからとてつもなく有能な男で、まるでドラえもんのように、 PANDORAを次々に襲う面倒ごとを解決してくれる人物でもあった。 いまはフランクから独立して、キューバのサルサ(ソン)関係のプロデューサーとし て活躍している。 そのモンテスの言葉である。遺憾、というのは穏やかではない。 「何であなたが困るのよ」 「こんなことになるとわかっていたら、一流のダンサーを個人教授につけて、踊りの 特訓をしておいたのに、サンティアゴに発つのが明日ではどうしようもない」 要するにワタシの踊りは鑑賞に堪えるものではないと言いたいのね。(-_-;) 「仕方ないでしょ。成りゆきなんだから」 「君はいつも成りゆきで物事を決める。それが困ったものだと言ってるのだ」 長い付き合いだけあって、鋭い指摘であった。(-_-;) 「せめて君だけでも一週間前にハバナ入りできていたら、トロピカーナのトップダン サーに集中レッスンを手配したものを。それに編曲だって、アルマンド・ロメウあ たりに目を通して貰って...」 アルマンド・ロメウというのは、『ノーチェ・トロピカル』で来日もした、長年の超 名門キャバレー『トロピカーナ』の音楽監督である。 「そういうわけにはいかなかったのよ。だいたい、ウチの編曲は人に手直しして貰う 必要なんかないの。たとえ、ロメウのおじさんでもね」 そういうわけにいかなかったのは、直前までグループそのもののリハーサルをやって いたからだ。だいたい、サルサを歌いはじめて、まだ3週間もたっていないのに、そ うそう踊りまで手が回るものか。 「新人であろうと、サルサを歌って3週間であろうと、君が歌うのは耳の肥えたサン ティアゴの聴衆の前であって、なおかつ、アダルベルト・アルバレスにソン14に イサーク・デルガード、NGラ・バンダからアンディ・モンタニェスまで最高のバ ンドと同じ舞台に立つのだよ、PANDORA」 「そういう凄い舞台に日本人グループをと要請したのはあなたよ、モンテス」 「まさか君が来るとは思わなかったのだ」 「悪かったわね、最高のオルケスタをと言われたから、最高の編成で来たつもりだっ たのだけど」 「そりゃ、君が敢えてサルサを歌うのを承諾したぐらいだ。それなりのグループでは あるんだろう。だが、君がやる以上は、おかしなものを出してもらっちゃまずいの だ。一流でなければならない。踊りも含めてね」 (゚_゚;)ヲイヲイ この男、前からこんな性格だっただろうか。しかし、モンテスは続けた。 「とにかく、君がサルサを歌う可能性があるとわかった以上、今度キューバに来ると きには、最低一週間、ダンスの特訓だよ。それから作曲家と編曲家も手配しよう。 いや、けっして君とこのアレンジャーがダメだと言ってるわけではないよ。しかし、 サルサは編曲が命だし、はっきり言って君らはトップグループを相手にしなければ ならないのだからな...ああ、それにしても、今回サンティアゴに僕が行けない のは痛恨だ」 (-_-;)ムカッ 「...」 「それで、どういうレパートリーを持ってきたんだい?」 「...キューバのスタンダードとオリジナルが半々ね」 「そのオリジナルというのは?」 「...ワタシの持ち歌中心。それからサルサ向けに書いたワタシの未発表曲もある けど」 「なるほど」モンテスはちょっと上を向いて考えた。 「では、このフェスのためにひとつだけ忠告しておこう」 (゚_゚;) 「スタンダードも悪くはないが、サルサはあくまでオリジナルが勝負だということを 忘れずに」 (゚_゚;) 「...わかった...」 「それから、適度な運動をすることだね。油断すると体型が崩れるよ」 「...わかった...(;_;)」 「ほかに、なにか僕が協力できることがあるかね?」 「...主催者のICM(キューバ音楽協会)がハバナ公演もやらないかとは言って きてるけど、具体的にはまだわからないの..調べてくれる?」 「調べる必要などない。パラシオ・デ・サルサを用意しよう。満席にするためにも、 共演は一流グループでなければならない。至急、アダルベルト・アルバレスかロス ・バンバンで手配する」 \\\\\(゚O゚;)///// パラシオ・デ・サルサはホテル・リビエラの1階にある、キューバの一流サルサバ ンドが出演することで有名な700人ぐらいは入りそうなサロンである。 「な、何であなたが決められるの、そんなこと」 「PANDORA、パラシオをプロデュースしているのは、僕なのだよ。ついでに言うと、僕 がアダルベルト・アルバレス、イサーク・デルガード、イラケレをはじめとするグ ループをマネジメントしているんだ」 \\\\\(゚O゚;)///// 「...モンテス、実はあなたって偉い人だったの!?」 「僕が実は偉い人だったのではなくて、君がサルサのことをなにも知らないだけだ」 そうなのだった。 キューバに10数回来ていて、それなりにキューバ音楽には詳しくても、いわゆるサ ルサ業界のことは、実は何にも知らないPANDORAなのであった。 そして、こういうことになったのは、一本の電話がきっかけだった。 (続く) 2)--------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編2 数カ月前、日本を代表するトランペッターの一人であらせられる吉田憲司氏のもとに 一枚のFAXが届いた。 キューバのサンティアゴで、第1回国際サルサフェスティバルを行う。ついては、 大会実行委員長のアダルベルト・アルバレスからの依頼で、日本からサルサバンドを 派遣してほしい、というものだった。 ところが。 他の参加者の顔ぶれが凄い。 主催国キューバのサルサやソン系の一流バンドはほとんど網羅されているうえ、コロ ンビアやプエルト・リコやベネズエラ、メキシコからもそれなりのバンドが参加し、 スペインやその他の国々にTV中継もされるという。 おかしなモノを出すわけにはいかない...と言いたいところで、しかも、これは国 辱的な過激なポスターも、金にモノを言わせたTVラジオ放映時間の買い占めも、招 待券のバラ撒きなどの宣伝戦略といったよーなものの存在の余地がない、ライブだけ の勝負だから、もろに実力のみが問われることになるわけ...というのは好意的観 測というやつである。 実力あるグループは、他になんぼでも出るのである。 はっきり言って、ニッポン代表団に期待されてるのは、そう、まさしく某楽団にNY の敏腕プロデューサーが注目したのと同じ理由、すなわち、所詮 「ニッポン人なのに、ホンモノそっくりにサルサをやって、お上手ね〜」 という水準であって、女性歌手がカタカナ読みのつたないスペイン語で 「ワタシタチ、ニッポンからキマシタァ!イッ ショーケンメイヤッテマース!ジョーズデショー!!!」 と叫べば、もう実にほほえましくて、余興としてはめっちゃんこウケるという、まー、 そーゆー期待なのではないか。 そういう事情を知らないならともかく、わかっている日本人音楽家としては、実にデ リケートな招待だったのである。 (だから、ワタシが参加したことに、プロデューサーで親友のモンテスが慌てたのは、 そういう意味である) ところが、である。 そして、この問題のFAXを受け取った、日本ラテン業界の鞍馬天狗であらせられる 吉田憲司氏のもうひとつの顔が、FBEATラテン部屋の看板マンボ軍団の総帥の「あかん べ猫」大佐であったことであった。 「やる以上は、日本人に対する認識を根本的に変えるような、真に実力で勝負ができ るグループを出すしかないでしょう。が、本場キューバに出して、あれだけの大物 と並べても恥ずかしくないようなグループは、現在の日本に存在しないという結論 に達しましたので、そういうグループを作ることにいたしました」 \\\\\(゚O゚;)///// 「そ、それは凄いですね...」 「そこでモノは相談ですが」 「はい」(゚_゚) 「PANDORAさん、歌手をやりませんか」 \\\\\(゚O゚;)///// 「ワ...ワタシはたしかにスペイン語を喋りますが、それだけでは...」 「その心配は無用です(*^_^*)。メンバーの中には他にスペイン語ペラペラの人間もい ますし、英語ができる者も数人います。通訳代わりにこき使おうという魂胆ではあり ません」 (^_^)キッパリ 「で...でも、サルサを歌ったことはないんですよ...」 「キューバで勝負するには、それなりの歌手が必要です。それもただのサルサではな く、ソンをきっちり歌えるひとでなければなりません。そんなヒトが他に日本にい るでしょうか」 「し...しかし...」 すると、大佐は黙って懐からM16を出した。 (^_^;)ウソウソ ...こうして、一匹狼のスナイパー、PANDORAが、日本代表選抜楽団ハバタンパの ゲストヴォーカルに決まったのであった。 (続く) 3)--------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編3 ハバタンパという奇怪な名前は、19世紀にハバナからフロリダ州タンパに移民した キューバ人が故国を偲んで作ったタバコに由来する。 というより、かつて1986年、日野晧正氏を中心に、一年に一度だけ公演していた 特別編成のアフロキューバ志向のラテンジャズ&サルサグループの名前でもあったと いう方が正しいだろう。 吉田憲司氏は、このハバタンパの音楽リーダーだったのだ。 その、いまでは伝説と化しているハバタンパを再結成して、キューバに殴り込みをか けようというわけ。 しかし。 成りゆきで引き受けてしまったものの、PANDORAは苦慮していた。 PANDORAの声は典型的なソプラノ。それも、リリカ・リジェーラ(叙情的で軽い)と 称されるけっこう珍しい声質である。 ソプラノには他に、オペラの主役向きのドラマチック・ソプラノやコロラチュラ・ソ プラノというのがあって、要するに、声というのも、楽器と同じでジャンルを選ぶの であるが、かなり高音まで達するソプラノで、声量もあるが、その割りに聴いていて もそれほど疲れず、重くならないのが特性。 (これは、PANDORAのキャラクターの問題ではなくて、純粋に、楽器としての声の適性 の問題である) (-_-;)←性格は重いが、声と体重は軽い かつて、キューバ音楽界の重鎮で高名なピアニストのフランク・フェルナンデスが PANDORAの声を「まさに、シルビオ・ロドリゲスの世界を歌うための声」と評したが、 ようするに、そういうメロディラインが美しくて、繊細な雰囲気の曲の表現に向いて いる声なのだ。 だから、フランクのところでワタシがレッスンを受けていたときも、彼が歌わせるの は、シルビオの歌曲を中心に、とことん叙情的で伝統的な古きトローバにパブロ・ミ ラネスの甘めのバラード系作品というメニューだった。 それが、よりによってサルサである。 どこの世界に、叙情ソプラノのサルサ歌手がいるというのだ? サルサの女性ヴォーカルといえば、「低音のドスの利いた声」が定番ではないか。 もっとも、いまのPANDORAの唱法は、かなり独特のものである。 表現の幅を広げるために、かつてクラシックで学んだイタリア・オペラのベルカント 唱法と、フォルクローレやメキシコ民謡などで使う地声を強調する歌い方をミックス させ、これにフランクに叩き込まれた「キューバのトローバの伝統的な、間合いをた っぷりとった感情表現のテクニック」を加えて、自分のスタイルを作っている。 しかし、新生ハバタンパは、ホーンセクションがいかにも派手そうな編成である。 トランペットとトロンボーンをガンガン効かされたら、これに、本質的には「繊細な」 ソプラノで対抗できるのだろうか。 いずれにしても、声の質を変えることはできないから、欠点はカバーするしかない。 まず、吉田『あかんべ猫』大佐との打ち合わせの段階で、レパートリーを、ソンやサ ルサというダンスミュージックの中でも、比較的バラード色が強くてメロディライン が美しい曲を中心に据えることにした。 そして歌う音域そのものも、本来の売り物である高音部を思い切って切り捨てて、低 音ギリギリに絞ることにした。これで、ホーンやコロ(コーラス)とのバランスをと るのだ。 このサルサには向かない声を、逆に個性にしようという計画だった。 もちろん、そんな甘いものではなかったのは、言うまでもなかった。 (続く) 4)--------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編4 まず、言い訳をしておこう。(^_^;) 一回目のリハーサルは、前回のPANDORA REPORTでお馴染み、クラシック・ピアニスト のビクトル・ロドリゲスくんのお相手をして、10日にわたってベートーベンやショ パンだけを聴いて暮らし、そのビクトル君を成田から送りだした、その翌日だった。 無意識に鼻歌に出てくるのも、モーツァルトやロッシーニという、ばりばりの世界に 染まってしまった状態での、いきなりのソン&サルサはきつい。 しかも、曲の歌いはじめを、PANDORAは微妙に遅めに入る癖がある。 これは、PANDORAの得意とするバラード系のスローテンポの曲には、なかなか効果的な 崩し方なのだが、サルサはまったく逆なのだった。むしろ、食いつくように、心持ち 早めに前のめりに出なければならない。 ところが慣れていないから、頭では理解できても、反射神経がすぐについていかない のだ。これはちょっと気を入れて練習する必要がありそうだった。 それから、ソンやサルサの特徴であるコロ(コーラス)とソロの掛け合い。ま、回っ てる縄跳びに入るような感覚だが、これも慣れていないからスムーズにいかない。 いや。 問題の本質はそういうことではなかった。 PANDORAは大きな考え違いをしていたのである。 PANDORAがここ数年やってきたのは、バラード系の歌だった。 これは、完全にソリストの世界である。 フィギュアスケートにたとえると、個人フリー演技というところだ。あくまで自分の 技術と芸術性を客にアピールするのが目的である。 後ろで演奏されてるのは所詮、伴奏であって、これに一応合わせつつ、ここぞという ところで得意のスピンとか3回転ジャンプを入れて見せ場を作ればいいわけだ。 PANDORAの場合、それは、パブロ・ミラネス譲りのばりばりにルバートをかけた節回し であったり、フォルクローレ時代に身につけたグリッサンドやこれみよがしのポルタ メントであり、フランク・フェルナンデスが驚喜したハイトーンなわけである。 *ルバート;曲を壊さない程度に、音符の長さを長めにとる技術 *グリッサンド;ふたつの音域の間を滑るように演奏する(歌う)こと ところが、サルサというのは、音そのものは派手だが、歌手とオルケスタの関係は、 たとえるなら、アイスダンスの世界だったのである。 つまり、それ自体でど派手なスピンもトリプルアクセルも入れられないし、それど ころか、女性はペアを組む男性と数秒以上離れるのすら禁止。 では、どこで見せるのかと言えば、男女のペアの完璧に息のあったステップという わけだ。 ...よーするに、氷の上で美しく滑るという点では同じでも、ルールもリンクに臨 む心構えも根本的に違う世界だったのである。 で、その絶妙のコンビネーションでペアを組まなければならない相手が...「あか んべ猫」大佐を除いては、PANDORAが初めて会った8人のコワそうなお兄さんたちと ゆーわけであった。 (続く) 5)--------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編5 んでもって、PANDORAの一回目のリハは散々な出来だった。 ハバタンパの他の方々の顔ぶれは、現在の日本で考えられうる最高の組み合わせで、 しかも、大佐の編曲は想像以上に華麗で、メンバーの実力を十二分に引き出すモノで あり、テンションの高いその演奏はリハの段階から最高の出来だったのに、である。 とにかく、このハバタンパを一時的にでも結成するために、日本の主だったサルサや ラテンのバンドはベストメンバーを引き抜かれて、活動休止状態に追い込まれてしま ったほどなのだ。 (だから、ほんとに、94年の9月は、日本ではラテン系のライブはほとんどなかった) まさに、伝説の最強バンドの復活、である。 ところが、だ。 (*-_-*)←アシ ヲ ヒッパッテル サルサが初めてというのはこの場合、言い訳でしかない。 この日、初めて10曲の譜面を見たので、大佐の渾身の編曲についていくのが精いっ ぱいだったというのも言い訳に過ぎない。 プロというのは、そーゆー言い訳が通用しないとこなのである。自分の実力ぐらい自 分で計って、できないとわかってるならはじめからお断りして、みなさまにご迷惑を おかけしない、という世界なのだ。 さっきのスケートの世界にたとえるなら、決め技をいっぱい持っていてフリー演技に 自信があるからと、長年、規定演技を甘く見ていたツケである。 もともときっちりしたルーティンワークができないスケーターが、アイスダンスの相 手役と、きっちりエッジの角度まで合わせて滑れるわけがないのだ。 (偉大なる指導者『あかんべ猫』同志を除く、他のハバタンパのお兄さまたちは、こ の時点で、将来にとてつもない不安を抱かれたそうだ。合掌(-_-;)) とにかく、初回のリハを終えて、PANDORAはめずらしくビビっていた。 と、いっても、いまさら断れば、大佐に敵前逃亡で銃殺されそうである。 (-_-;)コマッタナー というわけで、作戦を根本的に変更することにした。 まず、単に低めの音域で歌うだけではなく、声質そのものを変えなければいけない。 PANDORAの声(というより発声)はスローテンポの曲には向いているが、メリハリの 効いた軽快なステップを踏むのに向いていないのがはっきりしたからだ。 低音を強調するだけでは足りない。ペアを組む相手とぴったり合わせるためには、さ らに、切れ味が鋭くなければならない。 しかし逆に言うなら、ひとたび、この切れ味鋭いステップを身につけた上で、そこに 本来のルバートやロマンティックな表現が生かせたら、これは強力な個性になるはず である。(理論的にはね) まーそういう上の方を見るより先に、ちゃんと歌えなければシャレにもなんにもなら ない。声を作る。咽喉に力を込め、思いきり硬い声を作る。これでとにかく強引にエ ッジを効かせろ!というわけ。 (註;素人さんがやると咽喉を潰すので、ぜったい真似しないように) 大佐がおっしゃるには、サルサやソンの立派な歌い手は、普通に歌っていても歌の中 でクラーベを刻み、オルケスタを引っ張っていけなければならいのだそうだが、そー ゆー高度な話ではなくて、とにかくオルケスタの足手まといになってはいけないのだ。 それから、後半の掛け合いのモントゥノ。ここがサルサやソンの華だが、ワタシの場 合はここが最大の弱点である。(とにかくノリがつかめてないのだからな) *モントゥノ;ソンやサルサ系の曲の後半の、歌曲が一転して、コーラ スとソロ歌手の掛け合いになる部分。即興的要素が強い。 とりあえず、新しい声をつくりながら、PANDORAは宿題の多さに頭を抱えていたのだっ た。ここで、残り時間2週間少々。 (-_-;)ホントニ モー コマッタワネー そして、合計4回のリハーサル。 なんと、それだけで、ハバタンパはキューバへと旅だったのである。 (続く) 6)--------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編6 ハバナからチャーター便でサンティアゴ・デ・クーバへ。 ワタシにとってサンティアゴは3度目だ。 一言で言うと、サンティアゴは、キューバの中の『大阪』のよーなとこである。 【サンティアゴの大阪度】 (1)ソン(文化)と革命(現代史)の発祥地なので、今でも、キューバの中心は サンティアゴだと思っている。 (2)ハバナより暑くて、黒い人が多く、よりラテンである。 (3)ハバナより食べ物が安くて旨い (4)サンティアゴ弁が世界標準語であると信じ、堂々と喋る (5)誰が見てもハバナより田舎だが、地元の人はそう思っていない。 (-_-;)←自分で書きながら、傷つく大阪人 さて、日本でのリハと、ハバナでの2日間で、じつは薄々気づいていなかったとい うとウソになるが、ここで、衝撃の事実が明らかになった。 ハバタンパに、スペイン語が喋れる人間は、やっぱりPANDORA以外にはいなかったの である。 (;_;)ダマシタノネッ (^_^;)イヤー、マア、ナリユキデネー、ハハハ んで、いちお、主催者のICMから英語の通訳兼フェス期間中のマネージャーとし て、アレックス君という人の良さそーな黒いお兄ちゃんをつけてもらったのだが、 このアレックス君は、とても性格はいいやつだったが、 《サンティアゴ弁の英語を喋る》 \\\\\(゚O゚;)///// ので、通訳としてはまったく役に立たないことが、サンティアゴ到着後わずか5分 で判明したのだった。 さらに、サンティアゴ到着後、わずか1時間で、もうひとつ大きな問題が発生して いることも明らかになった。 実は、ハバタンパは、リハ不足状態でキューバ入りせざるを得なかったので、サン ティアゴで十分なリハーサルができるように、手配を依頼していたのだが、どうい う連絡ミスか、その手配がまったくできていなかったのだ。 「しかし翌日はもう本番だから、今夜、ぜったいにリハは必要ですね」と、大佐。 とにかく、この時点で、強硬にフェス当局に掛け合って、その日、ホテルのプール サイドの野外ステージでライブをやる予定だったグルーポ・カラチの機材を借りて、 終演後、リハをやらせてもらえる手筈をつけることにする。カラチのライブが夜の 10時だから、終演後、お客が引いてからの、深夜12時ぐらいということになる が、ま、背に腹はかえられない。 そして、夜、10時。 ...土砂降りになった...(-_-;)ウソデショ (続く) 7)--------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編その7 土砂降りになったので、ライブは時間順延になった。 しかし、神は我らを見捨てたわけではなかったようだ。 や が て。 念が通じたか、暫くすると、空が晴れて、11時過ぎに前座のグループが演奏を始 めた。この時点で、一時間の遅れということだ。 メインはカラチだが、その前に地元のトリオやセプテート(7人編成クラシックス タイル」が渋いソンをやってくれる。 それから女性ばかりのルンバというのが続いた...というところで、なんと、また 雨が降り始めたではないか! それも、だんだん強くなる。 をいっ、神様、ちょっと、それはないんじゃない? 「困ったな。誰か、雨男か雨女でもいるんでしょうかねえ」と、大佐。 ^^^^ ↓ (゚_゚;)ギクッ 結局、一時間ほどでライブは中止となり、客は部屋に戻ってしまった。しかし、ワタ シたちは今夜中にリハーサルをやらないと、えらいことなので、ふたたび雨が止むの を待つことにした。 そ し て。 待つこと、数十分。念が通じて、ふたたび、雨は止んだ。 「おおっ」と、喜んだ瞬間、今度はホテルの電気が一斉に消えた。停電だった。 「な、なにかの祟りでしょうか」(;_;) 「待ちましょう」 あくまで、大佐は沈着冷静である。 さ ら に ふたたび待つこと、数十分。ホテルの自家発電装置が駆動して、電気が戻った。 「では、機材を見に行きましょうか」と立ち上がるワタシたち。日本人は根性があ るのだ。 大佐とNATCHANとPANDORAは、人っ子一人いない薄暗いプールサイドの脇を抜けて、 ステージに近寄った。ここのベースアンプとキーボードとマイクを借りて、リハを やることができるはずだ。...しかし、そこには \\\\\(゚O゚;)/////ナンニモ ナイ !!!!! ライブが中止になったので、カラチのメンバーが、楽器と機材をどこかに片づけて しまっていたのだ。まさか、ワタシたちが、そこまでしてリハをやるとは彼らも思 っていなかったのだろう。 しかし、この時点でのハバタンパは、本当にリハをやらねば明日のステージが保障 できない状態だった。たよりないボーカルで、しかも雨女としての責任上も、ここ であきらめるわけにはいかない。 「な、なんとかしますっ」 ここがハバナやメキシコならともかく、観光で来たことがあるだけの勝手わからぬ サンティアゴである。しかも深夜2時だ。ぜんぜん当てはなかったが、とにかく、 ホテルのロビーに行ってみた。 たまたま、そこにアダルベルト・アルバレスのグループの面々がいた。 「どーしたの? 困った顔して」 「実は...(;_;)」 さて、正しいキューバ男というのは、女性が困っているのを見たら、ぜったいに見 捨てておけないモノなのだ。 「な、なんということだ。俺たちに楽器があれば喜んで貸すのに、実は、俺たちも 運送のトラックが遅れていて、明日にならないと楽器も音響も着かないんだ」 「まあ...じゃ、ワタシたちは一体どうしたらいいのかしら(;_;)」 繰り返す。正しいキューバ男というのは、女性が困っているのを見たら、ぜったい に見捨てておけないモノなのだ。 気の毒なアダルベルトのバンドの連中は、部屋に帰りかけていたのに、これで帰れ なくなってしまった。 「そーだ。そもそもカラチの連中が貸すことで話はついていたのだから、彼らから 機材を借り直せばいいんだ。おい、みんな、カラチの連中を捜せ」 「そういえば、カラチのボーカルをさっきカフェテリアで見かけたぞ」 と、ゆーわけで、アダルベルトのバンドのお兄さんたちがカフェテリアに走る。 カフェテリアでは不幸な歌手が女の子といいムードだった。 「おいっ、ちょっと顔を貸せ」 「な、なんだ?」(゚_゚;) 「おまえとこのバンドで、日本人グループの《ハバタンパ》のリハのために機材を 貸す約束をしてたくせに、無断で片づけちゃったんだってな」 「ぼ...僕は何にも知らないんだが」(^_^;) 歌手が知らないのは当たり前だ。話を通したのはマネージャーとリーダーだからな。 でも、アダルベルト組の兄さんたちは追及の手を緩めなかった。 要するに、自分が引いてしまったジョーカーを早く他人に押しつけたいのである。 (^_^;)←ババ 「そーゆー言い訳は通用しないぞっ。見ろっ。日本から来て、今まで待ってたのに カワイソウじゃないかっ」 「いや、でも、その...」 「明日、《ハバタンパ》が演奏できなくなったらオマエらのせいだぞっ、責任とれ、 責任を」 この件が片づかないと、行きがかり上、見捨てて寝られなくなってしまったので、 アダルベルト組の兄さんたちも必死である。 カラチの兄さんは、困惑しきった顔でこっちを見た。カラチのメンバーであるという だけの理由で、最後に一枚残ったジョーカーを引かざるをえなくなったのだ。 なんとゆーか、不運な男だ。 「あの、今からでも、機材をお借りできないかしら(;_;)」と、ここでPANDORAが、思 いきり、ぶりっ子っぽくキメた。 「ワタシたち、ほんとうに凄く困ってるの。もう、あなただけが頼りなの(;_;)」 (゚_゚;) しつこいようだが、正しいキューバ男というのは、女性が困っているのを見たら、ぜ ったいに放っておけないモノなのだ。 ほとんど条件反射で、兄さんは顔をこわばらせながら、言った。 「な...なんとかしよう」 「いやあ、良かった、良かった(^_^)」 と、アダルベルト組の兄さんたちが意気揚々と引き上げていったあと、ワタシたちは 不幸なカラチのボーカリストの案内で、ステージの裏の倉庫に入っていた。 なーんだ。ここに楽器は収納されていたわけ。 すぐに大佐とスタッフのNATCHANと不幸兄さんが、楽器の運び出しを始める。といっ ても音響・照明担当者は帰ってしまったので、プールサイドのステージは使えないか ら、プールの反対側のピザ屋のカウンターを、臨時のリハーサル会場にすることにす る。(ピザ屋はもちろん、もう閉店していたが、ここには照明があったからだ) PANDORAは、部屋で待機していらっしゃった残りのお兄さまたちを叩き起こすという 任務に入る。とはいえ、強者の皆さんは10分もかけずに迅速に降りてきて、即座に セッティングに加わった。凄い。さすが日本人だ。 「僕もリハーサルに付き合うよ(^_^;)」と、もう開き直ったカラチの兄さん。 いくら事前にリーダーの承諾を得ていたとはいえ、ここで楽器を倉庫から持ち出して 貸すのを了承したのは、歌手である彼の一存である。 万一、トラブルでもあったら、彼が責任をとらなければならなくなるからだ。 (どこまでも不運なやつだ。それにしても、ありがたい話である。合掌) とにかく、こうして深夜3時に、ハバタンパはリハを始めたのであった。 んで、翌日が、本番。 それも、フェスティバルのメイン会場、スペインTVを通して、全スペイン語圏に放 映されるとゆー、テアトロ・エレディアでのオープニングイヴェントだった。 (続く) 8)--------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編8 大事な初日だとゆーのに、PANDORAは苦しんでいた。 昨日(正確には今朝だ)、結局寝たのが明け方の5時半である。 (歌手にとっての寝不足というのは大敵なのだ。咽喉のコントロールができなくなる のである) さらに言うと、この日、舞台リハーサルのために2時に劇場に入ったのに、本当なら 前日のうちに届いていたはずの、肝心のアダルベルト・アルバレスの音響機材の到着 が遅れてこの日の昼にやっと入り、しかも、セッティング上のトラブルなどもあって、 ワタシたちは、冷房がギンギンに効いた劇場で長時間待たされる羽目になったのであ る。 で、PANDORAはもともと低血圧なので、寝不足の上に冷房がこたえて、炎天下の朝顔の よーに萎れていた。 とうとう、座っているのさえつらくなって、ロビーに脱出してソファに寝ころんでい たが、そうなればそうなったで、周りの人がやたら話しかけてくるので (単に、暑いのでダレていると見えたらしい)休めなーい。(;_;)(;_;)(;_;) たとえば、へんなオッサンが寄ってくる。 「お嬢ちゃん。アンタの声、綺麗だねー」 どこで聴いたんだよ。ワタシの歌なんか。(←むっちゃ機嫌が悪い) 「テレビで見たことあるんだ」と、東京なら上野、大阪なら新世界あたりによくいる ようなタイプのオッサン。 「オルケスタ・デ・ラ・ルスと混同してるなら、答えは人違いだよ」 と、すごーく無愛想に答える。血圧が上がらないので、苦しくてしょうがない。 「違う、違う」と、めげないオッサン。 「あんた、ギター弾いてヌエバ・トローバ歌ってたぞ。ワシの記憶に間違いない」 おお、それはたしかにワタシだ。(*゚_゚*) が、よくわかったものね。オッサン、えらいじゃん。 普通はあそこからサルサは連想できないぞ。(吉田憲司さんという人以外は) 「えー、あんた、名前なんと言ったっけ、とても難しい名前だった」 「...ノブヨ(←本名ね)」 「難しい名前だ。名前を変えなさい」(-_-;)キッパリ オッサンな。ワタシを覚えてくれてたのはうれしいが、大きなお世話だ。 「そーだ。カプヨ(花の蕾)にしなさい。似ていて美しい名だ。そうだ、そうしなさ い。決定だ」 「あのー、ワタシは自分の名前が好きなんですが...(^_^;)」 スペイン語では美しい名かもしれんが、日本語だとアホみたいな名前じゃないか。 「しかし、ワシだって、『ティブロン(鮫)』という名だ。アンタが『カプヨ(蕾)』 でもおかしくはないぞ、よーし、決まりだ」 おっさん、勝手に決めるなよ...ん? ティブロンて...ひょっとして...ソン 14の歌手の...随一のソネーロ(ソンの歌い手)と噂の高い...? (*゚_゚*)オヤ、 シツレイ シマシタ とまあ、こんな具合で、やたらに音楽家がうろうろしているので、ニッポン女性とし ては、ソファでマグロになっているわけにはいかなかったのである。 結局、6時間近く待たされて、ハバタンパがリハーサルできたのは10分間だけだっ た。これで本番かよ。冗談でしょお。(;_;) 昨日、深夜にわずか2時間といえど、なんとかリハーサルができたのが、こうなった ら奇跡的な救いとしか言いようがなかった。 こういうのを、不幸中の幸いというのである。まあ、これ以上悪いことは起こらない だろう。 とゆー、考えがすごく甘かったのは、やっぱり言うまでもなかった。 (続く) 9)--------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編9 いったんホテルに戻って舞台衣装に着替える。ハバタンパのお兄さまたちは白と黒の とてもダンディな(原宿で安かったからという説もある)衣装で、ワタシはかつて熱 烈なファンのデザイナーがプレゼントしてくださった、とっておきのオートクチュー ルだ。 濃いグレーのシルクのタンクトップに、コバルトブルーを基調にした熱帯花の華やか な柄のシースルーのロングスカートと同色の長いリボンベルトとストール。 明らかに寝不足で顔色が悪いので、頬紅を効かせ、深紅の口紅をかっちり塗った。 肌が荒れている。くそっ。 仕上げに思いきり踵の高い金のハイヒールを引っかけ、アスピリンを2錠呑み込み、 背筋を伸ばして、顎をあげる。 廊下に出ると、タキシードを着たアダルベルト・アルバレスにばったり出会った。 こういうとき正しいキューバ男は、ぜったいに女性を褒めちぎらなければならないの である。で、アダルベルトは正しいキューバ男だったので、もちろんこう言った。 「おおっ、なんという美しさだ」 ロビーに降りると、通訳兼世話係のアレックス君が待っていた。彼も、一応正しいキ ューバ男なので、もちろん、こう言った。 「おおっ、なんという美しさだ」 デマも百回言うと真実になると言ったのはヒットラーだったが、お世辞でも続けて2 回言われると真実味が出てくるというものである。 PANDORAはけっこうその気になって、劇場に向かった。 で、劇場に着いて、楽屋に上る同じエレベータになった踊り子の女の子が言った。 「まあっ、なんて美しいドレスなの」 ^^^^^^ (-_-;)クソッ さて、この日はオープニングセレモニーなので、わがハバタンパやオリヒナル・デ・ マンサニージョ、アダルベルト・アルバレスのグループのほかに、特別ゲストにソン 14の歌手のティブロン、プエルトリコのアンディ・モンタニェス、イサーク・デル ガードなどが顔を揃える。 道理で、リハの時、いろんな人がごちゃごちゃいたはずだ。 そのほかにもちろん、開会挨拶や、スペクタクルとしての踊りなどが入るから、実に 舞台裏は戦場のようである。 で、アレックス君に出番の時間を聞く。 「えーと、7番目ですね。きっとあと1時間はありますよ」 進行表を見ながら彼は答えたが、不幸なことに、彼はいい奴ではあったが、音楽関 係のことにはまったく無知だった。 「ふーん、あと一時間もあるなら、コーヒーでも飲みにいきますか」 と私たちが立ち去りかけたその時、 「おおおおおおおい、アーバーターンパ、スタンバーーーイ!!!!!!!」 の声がかかったのである。 (アレクシス君の勘違いは、司会のMC(数秒しかないって(-_-;))もステージ回 数に数えていたことであった) (゚_゚;)エッ? 「おおいっ、時間がないぞっ。急げっ!!!!」 \\\\\(゚O゚;)/////ゲッ 私らは舞台脇に慌てて駆けつけた。舞台監督の指示で、お兄さまたちは後ろから、 自分の持ち場に素早く入っていく。 と...そ、それはいいけど、ワタシはどこから出たらいいの? 「キミは前だっ。急げっ、走れっ!!!!」と舞台監督のオッサンが叫んだ。 先に言えよっ、それを。 譜面を抱えて、ハイヒールで走る。ところが、この舞台脇が人混みで、うまく通れ ない。とにかく「道を空けてっ」と怒鳴りながら、人をかき分けて前に出た。 ところが、その時、司会者がもう《ハーバータンパァァ!!!》と、わが楽団の名 を叫んでいた。えっ、じょ、冗談でしょ??? が、もちろん冗談ではなかった。 それと同時に、一曲目のピアノのイントロが始まったのだ。 (そりゃそうだ。司会者も楽団のお兄さまたちも、まさか肝心の歌手がまだ舞台脇 で人混みをかきわけてるとは思わないだろうし、ピアノのツガキさんにしたら、司 会に紹介されれば、間髪入れず前奏に入らないと、カッコがつかないのである) でも、をい、待ってくれよ。ワタシはまだ舞台に出てないのだっ!!! 「ひっ、ま、間に合わないっ」 と、いつの間にやらそばにいた舞台監督のオッサンが悲鳴を上げた。ド阿呆。貴様の せいだよっ。 と、ゆーてる場合ではない。 「そこどいてっ」 最後の障害を半分突き飛ばして、PANDORAは舞台下手の客席側に立った。 前奏はピアノだけのスローテンポの5小節で、もう1小節きていた。 あと4小節で、これがまるではじめからの演出であったかのように、舞台の中央まで 優雅に歩き、マイクをとらなければ、シャレではすまなくなるぜ。 さっきまでPANDORAを苦しめていた低血圧が、一気に急上昇した。 一世一代の笑みを作る。 譜面を脇に挟み、背筋を思いきり伸ばして、PANDORAは歩き出した。 (続く) 10)-------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編10 テアトロ・エレディアの大舞台の照明がまばゆかった。 薄氷を踏む思いで、スローバラードの2小節でゆっくり舞台中央にたどりつく。 前奏が始まってからワンテンポ遅れて、微笑みながらゆっくり歌手が現れるのは、 お客には演出だと思ってもらわなければならない。 OK。完璧だ。 舞台中央まで来る。笑顔。偉いぞ。 と、その瞬間、頭が真っ白になった。 ワタシの立ち位置に、あれだけ念を押しておいた譜面立てが...。 \\\\\(゚O゚;)/////ナカッタ ド阿呆! 忘れやがったなあ! と、ゆーてる場合ではない。あと数秒。死にものぐるいで笑顔を保つ。 【どうしよう】【どうしよう】【どうしよう】【どうしよう】【どうしよう】 ...といってもどうしようもない。 (心の中は、すでにムンクの《叫び》のような状態である) どうしようもないから譜面は放棄するしかない。お客はなにも気づいてないはずだ。 それにしても...ワタシの記憶が...いや、それより、マイクだ。もう曲が始ま ってしまう。動揺を見せてはならない。 この1曲目が勝負なのだ。 イントロは、もう5小節目に入っていた。 ごくさりげなく譜面を下に置き、何事もなかったようにマイクの方に向き直って、 マイクに手を伸ばす。それと同時に前奏が終わった。 間合いはギリギリ2秒。その2秒でマイクをはずす。セーフだ。 その瞬間...静まり返った場内に、声が響きわたった。 《それはまだ夜明けのこと、 ”声”がひとつ聞こえた 夜の深い底から...わたしを歌わせる声が...》 セサル・ポルティージョ=デ=ラ=ルスの名曲、『ソンからソンへ』。 いちばん自信のある声ではない。低音のギリギリ。 しかし、それはサンティアゴの聴衆の意表を突き、効果をあげるはずだった。 たっぷりルバートをかけて、聴かせる。場内は水を打ったように静まり返った。 そこを、ホーンセクションがきらびやかさと切なさを込めて、それでいながら力強く 入る。完璧だ。いける...! ピアノがエレガントに舞う。ふたたび、あくまで気品をこめてブラスが音を絡める。 ノリノリのソンではない。この曲は、正統的なソンのスタンダードでありながら、 作曲者ポルティージョ=デ=ラ=ルスが、本来はフィーリン(キューバ風バラード)の畑 のひとであるがために、美しいメロディの、エレガンスにあふれた、むしろ感覚とし てはフィーリン的な要素の強い歌である。 歌手の声そのものの美しさを引き出し、この場合、ワタシの弱点を見事に隠してくれ る曲なのだ。 そして、サビの部分がきた。 この歌は本来、お国自慢ソングである。だから、サビの歌詞はこうなる。 『私の国は、なんていいところ。愛してる、だから、あなたに私のソンをまるごと 歌ってあげよう』 そこを、ハバタンパ・ヴァージョンでは、単語をひとつだけ入れ替えて、こう歌う。 >あなたの国をうるわしく思うのは >それは、あなたを愛してるから >だから、あなたのために歌おう >あなたのソンをそのままに... ひとつの単語を入れ替えるだけで、この歌は、お国自慢ソングから、せつない愛の歌 へと姿を変える。 そうなのだ。キューバの人々よ。 ノリノリのサルサも悪くはないが、このエレガンス、このせつなくも優雅な気品がキ ューバ歌曲をキューバ歌曲たらしめる美しき伝統ではないのかね。 その、かくも美しきソンを、愛と敬意を込めて、このワタシがそのまま歌うのだ。 それも、ただのスタンダードの上手な物マネだと思うなよ。 歌の意味することを知り抜いたうえで、ワタシたちは敢えて<あなたたちのため>に 演っているのだ。 ...それは、スタンダードのかたちを借りたメッセージだった。 >気をつけてよ、皆さんがた >あなたたちのソンが奪われようとしてるのよ >名前までも変えられて... >でも、ソンが終わりに近づいてるなんて >ガタガタ言わせはしないわ >少なくとも私たちのラッパはまだ健在なんだから そして、想像以上のリアクションがきた。 それは、エレディア劇場を埋めた大観衆のひとりひとりが、なんの打ち合わせもなく 自発的にやったことに違いなかったのだったが... ...次の瞬間に、世にも感動的な大コーラスが私たちを包んだのだった。 (続く) 11)-------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編11 ここで、分析しよう。 味方の兵力は、トランペットとトロンボーンそれぞれ2挺に、ベース、ピアノ各1、 さらにパーカッション3騎である。 敵部隊の平均が、14〜18名編成であることを考慮すると、単純計算しても有利で はないが、当方の戦闘員は、それぞれが経験を積んだ、湿地帯での戦闘のエキスパー トである。しかも、指揮官である吉田『あかんべ猫』大佐は、20年前に日本にサル サを持ち込み、かのオルケスタ・デル・ソルの基盤を作り、ここ2年は電脳界でエネ ルギーを蓄えつつマンボ軍団を創設された方である。 ある場所で聞き込んだ噂によると、そのモットーは 《人間は地味だが編曲は派手!》 であるらしい。 問題は、前衛で機関銃を乱射するべくスカウトされた女性歌手が、たしかに一匹狼の スナイパーとして、その世界ではそれなりに知ってるヒトは知っている人物には違い なかったが、基本的に彼女の得意とするのが、単独でのVIPの狙撃であり、湿地帯 での特殊部隊相手のチームプレーには根本的に慣れていない点であった。 いきなり、リハーサルで湿地帯の沼で足を取られて転んでしまい、泥だらけになって 後衛のお兄さまたちを不安に陥れる有り様である。 このとき、大佐だけは不安を感じなかったと述懐しておられるが、それは大佐に予知 能力があったのか、はたまた、単にマンボなだけだったのかは定かではない。(一部 では、ひょっとすると、大佐はマゾヒストなのではないかという観測すら飛ぶ始末で あった) んで、サンティアゴでの深夜の1回を含めて、11曲ぶん5回だけのリハーサルで、 激戦地の戦場に出なければならない状況だったのだ。 (-_-;)ランボーナ ハナシダ とはいえ、勝負を放棄して「一生懸命やってるほほえましい人たち」として、反省ザ ルの次郎くんの人気にあやかる日光サル軍団みたく、戦争ごっこの余興で拍手をいた だくのはまっぴら御免。 べつに、はなから兵力も補給路も違うキューバのグループと勝負して勝とうとは思っ ていないが、いい勝負に持ち込むぐらいのことはやりたいものである。 ここで、経験がものをいう。 敵の土俵に慣れていないのなら、勝負を自分の得意分野に持ち込んで、決め技をかけ たらいい...で、それが作戦だった。 そ。 視界が悪く足元の地盤のゆるい湿地帯で機関銃の乱射に自信が持てないなら、出会い 頭にバズーカを打ちこむしかないではないか。 敵は、どうせ日本人と甘く見ているのは明らかだから、これでこっちのペースに乗せ てしまえばいいのだ。 セサル・ポルティージョ=デ=ラ=ルスの曲は、そのための出会い頭の一撃だった。 サルサが苦手なサルサ歌手(笑い)PANDORAのクセを生かせる曲なのだ。 PANDORAがサルサのノリを完全に身につけるまで、まだもうちょっと時間稼ぎが必要 だった。この状況で戦場に出なければならないなら、そうでない部分で観客を掴むし かない。そのキーワードは、キューバ人の心の琴線だ。 そして、歌はサビのコーラスにブラスが加わって華やかに音が絡み、いっそう感動的 に盛り上がっていった。じつに効果的かつ派手な編曲だ。 そして、エレディアを埋め尽くした観客は、劇場を揺るがすような大コーラスで答え てくれていた。 そうだ。受けとめてくれたのだ。 なぜわたしたちが、ここに来たのかを、わかってくれたのだ。 そして、ブラスの完璧に揃ったハイトーンの艶やかな盛り上がりの中で、誰の目にも 曲は終わったかのように見えた。 思ったとおり、完全に音が消えるのを待たず、割れるような拍手がくる。 ...ふっふっふ。 ここまで計算以上の出来だが、これで済むと思ったらまだ甘いぞ。 これで、明智君、ワタシの勝ちだ。 舞台の上で、PANDORAは婉然と笑った。ひと呼吸の間合い。 ブラスが消えた静寂の中で、もういちど、ツガキさんのピアノとPANDORAの声だけの 情感ばりばりのバラードがはいることになっている。 PANDORAの低血圧は完全にぶっとんで、ハイになっていた。 さあ、ここで、耳の肥えたサンティアゴの聴衆よ、 この子がキューバ人でないとは...と、かつてパブロ・ミラネスを嘆かせた声を 聴くがいいわ。息を呑むのよ。これで王手だ。さあ、女王様とお呼びっ! >あなたを愛してるわ... >だから...あなたのソンを... >そ の ま ま...あ な た の た め に...歌 う の... 間髪入れず、ふたたび壮麗なブラスが入る。 サイコーだ。 わたしは華やかな音の波に躯を預け、ゆっくり片手をあげて、聴衆の歓呼に応える 仕草を見せた。まったく、サイコーだぜ。 轟音のような拍手が炸裂して私たちを抱擁し、わらわらと観客席が動いた。 ...オール・スタンディング・オベイションだった。 (続く) 12)-------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編その12 続いて、ハバタンパのオリジナル曲である。 戦いはまだ終わってはおらんのだ。奇襲が成功したからといって、喜んでいてはい かん。これはまだ、ほんのプレリュードなのさ。 ハバタンパの本領発揮は、ここからである。 ここで持ってきたのが、もともとのPANDORAの持ち歌であった『そんなふうに人は生 きる(SE VIVE ASI)』というマルシアル・アレハンドロの曲を、大佐がサルサ・ヴ ァージョンにしたものだ。 ルンバではじまる。 ゆったりしたルンバの中で、ヴォーカルがはいる。 それから、急転直下、スピード感溢れる本格的なサルサだ。 かつてメキシコ市を襲ったあの大震災の直後、マルシアルが、あまりにも多くを失い、 ともすれば絶望に墜ちてゆきそうな人々へ、復興への望みを託してエールとして書い た歌だ。 >そんなふうに人は生きる >信じがたいような現実のなかで >瓦礫の中に光を求め >天に救いを求めながら... ルンバとともに、大観衆の手拍子が、完璧なルンバ・クラーベをとってくれる。 すばらしい。 >そんなふうに人は生きる >理性に刻まれた情熱を支えに >そんなふうに人は生きるが >まだ残された力を愛に変えることはできるのだ... ソ連が崩壊しようと、東欧がなくなって貿易が滞ろうと、米国の無茶苦茶な経済封 鎖で物資がなくなってしまおうと、それでも人は生きねばならない。 この曲は、現在を生きるキューバの人々にそのまま通じる歌だった。 しかも、この曲を書いたマルシアルは、当人の人格はともかくとして、詩人として は誰もが認めざるを得ない才能の持ち主で、この詩も、日本語だと感じは出ないが、 スペイン語として、見事に美しい韻律を持っている。発音したときの音のはまり方 が完成されきっているのだ。 だから、サルサに慣れてないワタシでも、この詩にまかせて歌うだけで、詩そのもの の言葉のリズム感がエッジを効かせてくれる。 歌いやすい。しかも、大佐の会心の編曲だ。 \\\\\(^O^)///// 【ど 派 手】 まさに、うしろの音は、ハバタンパの看板にふさわしい、華麗な超絶技巧の連続であ る。 問題は、前半の歌詞が、あまりに詩として完成されすぎていることだった。 単なる愛の歌でもない。決して押しつけがましくはないが、ある種の格調高さと社会 性をもった哲学的な歌でもある。 ところが、サルサやソンでは、後半に必ずモントゥノという部分があり、ここで、コ ーラスとソロの掛け合いが始まる。ここは、いわゆるサルサをダンスミュージックた らしめるところでなくてはならないのだが、それだけに、ここは即興性が強い。 ソロ歌手は、わりと思いつきで、本歌に関係しつつ、お客を乗せるようなことを歌っ ていくわけなのだが、この場合、本歌が完成されすぎていて、 (゚_゚;)エーカゲンナ モノヲ クッツケラレナイ いきなりここで、詩のレベルを下げるとゆーわけにはいかないのである。 しつこいようだが、人格はともかく、マルシアルは詩人としては天才と言われる男で、 その作品はしたがって芸術作品である。 まして、キューバ人は、教育水準も高く耳が肥えている。それがわからないはずがな いのだ。まさか、モントゥノで「同じアホなら踊らにゃソンソン」みたいなことを言 うわけにはいかない。 んで、実は、PANDORAもリハのあと、2日間部屋に篭もって、過去のマルシアル・ア レハンドロの詩集とかを参考にしながら、ノリを変えずに、なおかつ全体の詩的な価 値も落とさないよーなモントゥノを考えたのであった。 ところが、もちろん、出発前に必死で考えたやつだから、もちろん、ぜんぶ記憶して いなかった。そのために譜面台が必要だったのである。 そして、ご存じのように、舞台に譜面台はなかった。(^_^;) 必死でカンニングペーパーを作ったのに、肝心の進級を賭けた試験の日に、そのカン ペを風に飛ばされたよーな思いである。 では、どうするか? けっきょく、うろ覚えのかすかな記憶を頼りに、それなりのモノを、まさに即興で歌 うしかないのであった。 (続く) 13)-------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編13 あとでビデオを見ると、さすがにPANDORAは若干ひきつった顔をしている。 (必死でモントゥノの歌詞を考えていたのだ(^_^;)) しかし、幸運だったのは、この曲がまさに、ただの踊ってナンボのサルサではなく、 外面的には技巧の限りを尽くし、内容的にも「高度に詩的で格調高い」歌だったた めに、お客さんには、その顔のひきつりが、《歌詞を忘れたためにひきつっている》 のではなく、《シリアスな歌を歌っているので、毅然とした表情を作っている》と見 えた(らしい)ことであった。 とにかく、一曲目が大当たりだったので、すべてが好意的な雰囲気になっていたわ けだ。 とにもかくにもごまかせたのは、この好意的な会場の雰囲気と、それから1曲目の 盛り上がりのせいで、すでにPANDORAの脳内で、βエンドルフィンが大量に分泌され ていたからに違いなかった。 *βエンドルフィン;大脳で分泌される快楽物質で、いかなる麻薬 より強烈な作用を持つという。極限状態で分泌されるらしいが、 詳しいことはわかっていない そう。 PANDORAはトリップしていた。PANDORAだけではない。すでにこの時点で、ハバタンパ の人たちのほとんどは、トリップしていたはずである。 考えられる限り最悪の(ほとんど胃が痛くなりそうな)コンディションの中で、最高 のスタートを切ることのできた、その爽快感ゆえに。そして、テアトロ・エレディア を立錐の余地もないほど埋め尽くした大観衆が、私たちを熱く包み込んでくれた、あ の竜巻のような合唱と喝采のゆえに。 観衆と一体になる....というのは、文字で書くほど簡単なものではない。プロの音楽 家というのは、ノッているといわれるときですら、ある種、冷厳な目で観客を見てい る部分がある。また、そういう冷静さがなければやっていけない。 ここだけの話、「フリをする」ことは多いが、実際に、観客と一体になることなど、 ほとんどないといった方がいい。 (「ここだけの話」を公開の場で書いてどうする(-_-;)アホ) *ワタシ個人の体験で言うなら、いつだったか、南米チリの民 主化記念コンサートで、右翼に狙撃されかけたとき以来であ る。あのときも、会場を埋め尽くしたお客さんが、私らを護 ろうと、歌いながら盾になってくれたのだ。 しかし、そのとき、私たちはたしかに一体になっていた。同じ渦の中にいた。私たち は一緒に音楽をつくっていた。私たちは完全にハイになっていた。 ヒトミさんのトロンボーンがじつに色っぽく啜り泣き、ノーミさんのボンゴ・ソロが 狂ったように響いた。もう、みんなβエンドルフィン垂れ流し状態だった。 続いて....この日はオープニング・イヴェントなので、3曲だけの演奏だったため、 最後の曲がきた。 やる前から、受けるのはわかっていた。 キューバ人なら敢えてだれもやらないこと。シルビオ・ロドリゲスの曲のサルサ・ヴ ァージョン。それも新しい曲の。 あの気むずかしいシルビオに下手をすれば喧嘩を売るような真似を、まともなキュー バ人なら誰だってやるわけがない。でも、私たちならできるのだ。 ^^^^^^^^^^^^^^^^ (*^_^*)ニッポンジン ダカラネ そして、私には自信があった。奇をてらっているわけではない。その曲は、むしろサ ルサにふさわしい。みんなで合唱しながら踊ってもらうのにふさわしい歌だ。 シルビオ、あなたには悪いけど、すぐれた歌ほど生まれたその瞬間に、創り手の意志 を離れて一人歩きするもの。歌が私にこういうふうに歌ってほしいと呼んでくれるの。 だから私が歌えば、あなたにもわかるはず。なぜ、私たちが、このステージのために この歌を選んだかがね。 ふたたび、大合唱が応えた。『希望よ、おいで....ここを通れ!』 冷戦が終わって、新秩序というのが生まれて、社会主義は失敗ということになって、 人々は経済難に喘いで、それでも世界中で戦争は終わらなくて、未来への希望なんて 言葉がダサく聞こえるようになったこの時代に、だからこそ、笑って踊らなきゃなら ないわ。 だからこそ、私はここに来たの。たとえ、世界中であなたたちのことが悪し様に罵倒 されても、それでも、愛しているよって言うために。いや、私だけじゃない。いま、 ここで私の後ろにいるヒトたちはみんな、そのためにここにいるのよ。 ...それでは、サンティアゴの皆さん、今日は本当にどうもありがとう。 華やかに、華やかに、華やかに、超絶技巧的なブラスの音が舞う。 そうとも。最高のものを持って私たちは来たの。だって、愛してるんだから。 ...だから、最高のものを持ってきたの。 音楽が終わり、司会が入ってきて、何かを叫び始めた。 すれ違うように、譜面を拾って舞台を降りる。 「おめでとうっ。凄かったぞ。サイコーだ」アダルベルトが駆け寄ってきて叫んだ。 「素晴らしい。ウソみたいだ。一級のバンドだ」プロデューサーのアリ・コが抱きつ いてきて、キスした。「俺もキスさせてくれ」と、パンチョ・アマットが寄ってきた。 それから、他の名前を知らない人たちが、順番に手を出してきた。 もう、わけがわからない。 楽屋に戻る。いきなり、ゲタオさんが抱きついてきた。それから、ツガキさん。 それから、ノーミさん。シノミヤさん。キムチさん。ヒトミさん。カワシマさん....。 ...ハバタンパは、スポ根状態になっていた。 (続く) 14)-------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編14 翌日になると、一夜にして、周囲の目が変わっていた。 はっきり言って、それまでは、他のキューバの参加音楽家たちも、親切といえば親 切だったのだが、 「もしも、勉強したいことがあったら、言ってくれたら教えてあげるよ。 (レッスン料は)安くしてあげるからね」 (^_^) ヨクヤッテルネ、 キミタチ、 ガンバレヨ とゆー感じだったのが、そういう科白が見事にまったく出なくなった。 かわりに出るようになったのが、 「今日はハバタンパはどこに出演するのか?」 「何曲ぐらいレパートリーがあるのか?」 「ハバタンパの編曲は誰がやっているのか?」 「あの譜面をちょっと見せてもらえないか?」 ...じつに気持ちがいい。(ざまーみろ、モンテス(^_^;)) わずか30時間前に、リハーサルの場所を求めて、悲惨な顔でそこらじゅうを訪ね 歩いていたときの胃の痛さが、夢のよーである。 とはいえ、ここでちょっと解説しておこう。 実は、現在の日本の演奏家でも、トップクラスにいる人たちは、もちろん、それな りのレベルである。 どういうレベルかというと、たいがいの楽譜は初見(一回、本番で見るだけの練習 なし)で出来るのが当然、という人たちで、ハバタンパに集まった人たちも、当然、 そういう人たちである。 結構凝った曲でも、一回リハーサルすれば完璧にこなすのが当たり前という人たち なのである。技術とプロフェショナリズムだけを問題にするなら、日本の先端にい る音楽家は世界的に見ても、 けっこう水準は高いのである。 (ちなみに、ワタシの普段の仕事でも、2時間のコンサートで、プログラムが10 曲ぐらいあるとしても、リハーサルは1回だけである) そういう人たちが、初めて譜面を見たとき、一瞬、ビビって...闘志を掻き立て られ...マジで毎日練習しないとヤバい...4回のリハーサルでは不安が残る ...ようなおそろしい楽譜をつくったのが、吉田憲司氏だったわけ。 (ボーカルだけが技術的に頼りないというのはあるんだけど(-_-;)) キモノや日の丸に頼らずに、本場キューバに殴り込みをかける以上は、日本人の手先 の器用さを最大限に生かし、技巧の面でも極限をいく、いわゆる常識をぶち破るよう なサルサ...それが意図だったのだそうだ。 しかし、理想は立派だが、はっきりいって綱渡りである。そこが、芸術家してるヒト の、なんとゆーか怖いとこね。 (だって、譜面書いた本人が、ちょっと油断すると指がまわりきれないとかって言う んだもの (-_-;)コワイヨ- ) ま、でも、うまくいったから、吉田憲司さんは天才ということになるのである。 (うまくいってなかったら天災ということだったのね、きっと (-_-;)←イエローカ-ド) で、ワタシがロビーをふらふらしていると、どっかのグループのヒトたち(つまり もちろんプロの音楽家)が、 「ハバタンパの強みはやっぱり、なんといってもあのベースだな」 「いやいや、ピアノだ。あのノリと情感はまったく素晴らしい」 「何を言うか、凄いのはあのホーンセクションだ。俺はハマったぞ」 「いやしかし、パーカッションも外国人にするのは惜しい。とくにあのボンゴのお っさんが渋かった」 (-_-;)イヤー ホンマニ シャレニ ナラヘンワ などと議論している。 ...じつにじつに気持ちがいい。 リーダーの吉田『あかんべ猫』大佐とワタシのところには、TVや新聞やラジオの 取材もいきなり殺到した。(前日までは、誰もなにも言わなかったのに、だ) しかも、手土産にラムまでさげてきて、取材に来る人まで現れた。 ...じつにじつにじつに気持ちがいい。 なんと、翌年のカリブ・フェスティバルにも、即座に出演が決定してしまった。 (だけではなく、向こうも早くツバをつけておきたかったらしく、正式の招待状ま で、即座にもらってしまった) ...じつにじつにじつにじつに気持ちがいい。 この状況は日毎にエスカレートして、やがて、ハバタンパ追っかけの人たちまで出 る騒ぎになったのだが、皮肉なことに、追っかける側が、主にパチート・アロンソ 楽団やカラチやオリヒナル・デ・マンサニージョのおじさんたちで、追いかけられ る側も、やっぱりむくつけきお兄さんたちで、端から見てると、あんまりタンビな 組み合わせではなかったという点であった。(-_-;)チョットネ ま、ホーンセクションの方たちは、仕事期間中は恋愛は御法度だから、ま、しょう がないといえば、しょうがないんだけど。 (なぜ、恋愛が御法度なのかは、「あかんべ猫」大佐からご解説いただきましょう) もっとも、美少女に涙ながらに慕われたヒトもいたという話ではある。PANDORAは目 撃しなかったんだけど... ワタシは、というと...いい男はいっぱいいたはずなのに...とくにアダルベル ト組のボーカルのお兄さんはすごく好みのタイプだったのに...彼をひっかける間 もなく、朝は低血圧に苦しめられ、昼は走り回り、夜は歌って、そのあと明け方まで、 他のグループのライブに行き、それからさらにハバタンパのお兄さまたちと呑み、そ の結果、寝不足になって、翌朝(正確には昼近く)、低血圧に苦しむ...という、 とても芸術的だが、とてつもなく色気のない運命が待っていた...。 (;_;)アレッ コンナ ハズ デハ (続く) 15)-------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編15 2日目はアンフィテアトロ。巨大な野外劇場だった。 約束の3時に、バスでリハーサルに出かけると、会場には誰もいなかった。 音響機材もセッティングしてなかった。 (゚_゚;)ドウナッテルノ 「音響技師は食事に行っているそうです」と、アレックス君。 そーゆー問題ではないと思う。 ここは冷房がなくて、楽屋は蒸し風呂状態なので、風通しのいい廊下で待つことに した。そこで、ルンバが始まる。 ハバタンパというのは、ベースのゲタオさんも、ピアノのツガキさんも、みんなパ ーカッションができるグループだったのだ。 (゚_゚;)←リズム感が悪いのはこいつだけ 3時間近く待ったとこで、やっと音響のオッサンが来て、とろとろとセッティング をはじめる。おまえなあ。 「今日は譜面台はあるんでしょうね。12台よ」と、アレックス君に尋ねる。 「き、聞いてみます」と、アレックス君。彼は通訳としては自分が役に立たないの に気がついたので、みずから雑用係となったのだ。しばらくして戻ってきた。 「ここには、ないそうです」(^_^) 「あんたな」と、PANDORA。 この青年は悪いやつではないが、前日、私らをパニックに陥れた進行表の読み違え といい、根本的にこの世界のことがわかっていないようだった。わかっていないと いうことが判明した以上は、教えてあげなければならない。ワタシは本当はやさし い人なのだ。 (かくして、彼は、ハバタンパのお兄さまたちからは、「かわいそうなアレックス」 と呼ばれる運命にはまったのだった) 「『ないそうです』ですむと思う? なんとかしなさい」 「なんとかって...もしなんとかしなかったら、どうなるんでしょう」 「譜面台がなければ、ハバタンパは演奏はできません。ということは、今夜のコン サートはキャンセルね」 「それは困りますが、ないものは...」 「だったら、頭を使いなさい。いますぐ、エレディア劇場に走るのよ。昨日借りた あそこになら、譜面台があるはずだから」 その間、セッティングはとろとろ進む。やっと、形がついたのはそれから1時間半 後だった。 かわいそうなアレックス君が戻ってきた。 「今日、出演のグループが使うのだそうで、6台しか貸してもらえませんでした。 これでなんとか...」 「気の毒だけど、6台じゃなんともならないわ」 「2人で、ひとつというわけにはいかないんですか?」 (-_-;) 「あのねえ、私たちは、全員が違う楽譜を見てるの。小学校のブラスバンドじゃない んだから...そうだ。学校よ!」 「は?」 「革命の成果で、すべての県都には音楽院があるはずよねっ。サンティアゴにもある でしょ」 「それは、もちろん、立派なのがあります」 「だから、その音楽学校と交渉するの。譜面台が余分にないわけないもの」 「なるほど」 「そうと決まったら、ぼやぼやしないの。時間がないわ」 「でも、音楽学校の電話番号がわかりませんが」 「...もういっぺん言ったら、殴るわよ」 かわいそうなアレックス君が、音楽学校を調べに行ったので、私は舞台を覗きに行っ た。...音響の調整を始める。 それから、わずか数分で、状況が著しくヒサンであることに気がついた。 ...音響のオッサンは、素人同然だったのだ。 ここで、さらに2時間ほど無駄にしてから、とうとう吉田『あかんべ猫』大佐が上が ってきて、オッサンを追い出して、大佐自ら音響を診る。 なんとかなったときには、もう空は薄暗くなっていて、またもや、リハーサルはやっ と2曲通すだけという有り様だった。 せめてもの救いは、かわいそうなアレックス君が、どこぞの音楽学校から、ちゃんと 12台の譜面台を調達してきたことである。 とにかく着替えと食事にホテルに戻り、大慌てで、また会場に戻る。 私らの出番は...げっ、オープニングの1時間??? またもや、心臓に悪そうなステージであった。 (続く) 16)-------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編16 結論からいうと、2日目のステージも最高だった。 なんといっても、考えられる限り最悪の状況下で前日のステージを見事にこなしたと いう自信と、そのことから生まれた、メンバー同士の信頼感...そして、なにより、 あの感動的なエクスタシーの空間と時間を共有したという連帯感のおかげである。 相変わらずリハーサル不足であろうと、途中でモニターの音がぶっとんで聴こえなく なろうとも、最強のメンバーと、互いの息づかいと鼓動を感じ、互いが互いを心から 信じて演奏することができれば、これほど強いものはない。 この日に限らず、これからも、私たちは、このフェスティバルの期間中ずっと、ほと んど悪意じゃないかと勘ぐりたくなるほど、ひどい運営に悩まされ続けることになっ たが、皮肉にも、個性の強い人々の集団だったハバタンパは、逆にそのために、NH Kの朝の連続ドラマの主人公一家のよーに(笑)、ひたすら強く結束することになっ たのだった。 3日目には、やはり半日を無駄に過ごした挙げ句、もうフェスティバル実行委員会の 事務遂行能力を当てにせず、自分たちですべてを仕切ることにした。 というのも、薄々、事情が飲み込めてきたからである。 つまり、サンティアゴでは毎年、カリブ・フェスティバルなどを実行・運営してきて いる実績があり、しかも前に書いたように、中央=ハバナへの対抗意識が強い。 ところが、このフェスは、ミゲル・マタモロスの生誕100年を記念しての国際フェ スティバルということで、中央の文化省の下部組織ICM(音楽協会)が、ハバナか ら仕切りにきて、さらに、中央のやり方を押しつけようとしたので、思いきり、サン ティアゴ側の反発を買っていたのだ。 (そういうのは、大阪人のワタシには妙にわかるモノがあったりする(^_^;)) さらに、今年からドルが自由化され、いろいろな業種の民営化も認められたので、ほ とんどのアーティストは官僚主義的な国営プロダクションのARTEXや国営レコー ド会社EGREMから独立(または半独立)して、一方で、パブロ・ミラネスやシル ビオは個人オフィスを設立し、アリ・コなども独立プロダクションをつくって、そこ にアダルベルトやイラケレ、イサーク・デルガードなどの主だったグループもこぞっ て移籍していた。 それはどういうことかというと、有能なスタッフたるべき人々も、ほとんどそっちに 引き抜かれ、いまどきハバナでARTEXやICMにいるような連中は... (-_-;)ドコニモ ヒキヌイテ モラエナカッタ とゆーことのようであった。 そのくせ、ICMは文化省の下部組織であるということと、主催者としてのプライド はやたら高いから、手に負えない。 んで、キューバのグループは始まる前から、そーゆー事情はわかっているから、はじ めからICMの運営を当てにしておらず、その結果として、事情を知らないからIC Mに頼ろうとした私らのところに、災難が集中して降り懸かってきていたのである。 (これは、日本代表団だけではなく、コロンビアのグループも「毎日、喧嘩状態」だ し、「あかんべ猫」大佐をビビらせたほどのパワーのあるメキシコのシンガー、マル タおばさんですら、被害妄想に陥ったほどの凄さだった。 もし、ワタシがキューバに毎年のように行ってる人間で、キューバ人の友達がたく さんいなかったら、きっと、「キューバ人て、じつは陰険」なんじゃないかと思った かもしれない) それがわかった以上は、もうモタモタしていられない。 まず、かわいそうなアレックス君を仲介にして、ホテルのマネージャーに面会を申し 込んだ。 このままICMがリハーサル会場を調達してくれるだけの能力がないとはっきりした 以上、それはワタシたちが自力で用意しなければならない。 譜面台も、フェス期間中、音楽学校から借りっぱなしにできるよう話をつけた。 とにかく、いかなる状況であろうと、ハバタンパの譜面は、毎日リハーサルしなきゃ ステージを保障できないという恐るべき代物なのだ。 そして、ワタシは、もうハバタンパの人たちのことが他人とは思えなくなっていたの で、大事なお兄さまたちをお護りするためなら、もうパワー全開である。 「それで、ワタシたち、もう、ものすごく困ってるんです(;_;)」 「な...なんとかしましょう」 うれしいことに、ホテルのマネージャーも正しいキューバ男なので、無料で15階の バールを昼間貸してくれることになった。 リハーサル用の楽器はハウスバンドの人たちから借りる手筈もついた。 ま、そういう具合で、根性出せば、すべてはなんとかなったのだった。 そうこうするうち、PANDORAもだんだんサルサに慣れてきていた。 (続く) 17)-------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編17 とはいえ、ハバタンパの演奏が、ただひたすら良いことずくめだったというわけで はない。...実は、しばらくして、ハバタンパには致命的な欠点があることがわ かった。 (゚_゚;)ドキッ ←ボーカルのノリが悪い ...いやいや、それだけじゃなくて。 まず、開幕当日をレポートする《グランマ》紙の記事を引用しよう。 -------------------------------------------------------------------------- 1994年9月23日(金) マタモロソン94 驚きとともに 【ホルヘ・イグナシオ・ペレス/サンティアゴ・デ・クーバ発】 フェスティバル・マタモロソンが公式に開幕される、すでに6時間前から、ここ 「ソンの揺りかご」サンティアゴでは、老いた無名のソネーロたちが歌い、人々は 街路で踊っていた。 そして、その夜、完全に満席状態のエレディア劇場にて、かくも心をつかむ音楽が 光を浴びたのである。 マタモロソンはサンティアゴの人々の前で、わが国最良のグループと、この伝統あ る音楽を我がもののように採り入れた外国のグループがプログラムされており、こ のオープニング・ガラでは、東京キューバンボーイズの跡を継ぐ日本のグループ、 ハバタンパがサルサとキューバのヌエバ・カンシオンの融合によって、聴衆のど肝 を抜いた。 オープニング全体を見渡すと、東部の聴衆をよく踊らせていたのはオリヒナル・デ・ マンサニージョで、あの独特のサウンドで音楽と同時に座っているものはいなかっ た。べつに後に続いたアダルベルト・アルバレスがお客に受けなかったという意味 ではなく、このオリヒナルのスタイルが東部の聴衆にあっているということだろう。 感動的だったのは、ソン14以来の盟友であったアダルベルトとティブロンの再会 であった....ここサンティアゴの街路や舞台で生きているのは、ソンの雰囲気に浸 りきったカリブの一体感である。 --------------------------------------------------------------------------- ...これは実は、破格の扱いである。 このエレディア劇場のオープニングには、プエルト・リコの大物、アンディ・モンタ ニェスや、若い世代に人気No.1のイサーク・デルガードらも出ていたのだ。 (なのに、コメントされていないのだ) 実行委員長のアダルベルト・アルバレスと、地元代表みたいな感じのオリヒナル・デ ・マンサニージョに触れるのは礼儀として、日本バンドに関しては、せいぜい、格と しては、<遠い日本からも参加があった>ぐらいのコメントがもらえれば上出来だっ たのだ。日本バンドは本来、「余興」のはずだったのだからね。 つまり、自惚れではなく、サンティアゴの聴衆にとって、ハバタンパは「衝撃」だっ たのである。 そして、2日目からの、ハバタンパのライブでも同じ現象が起こった。 1曲ごとに、(ときには曲の途中で)観客がきっちり拍手してくれるのである。 じつは、これは凄いといえば、とっても凄いことだった。 だって、通常、キューバでは、サルサバンドのライブで、(とくに野外でのステージ では)、お客は1曲ごとに拍手なんかしないのである。 なぜか? ...もちろん、サルサは、あくまで踊るための音楽だからだ。 で、ここのところを、この新聞記事が、実に簡潔明快に指摘しているのだ。 >サルサとキューバのヌエバ・カンシオンの融合によって、 聴衆のど肝を抜いた。 *ここでは、ヌエバ・カンシオンというのは「芸術志向の実 験的音楽」というぐらいの意味だと思う。 で、わざわざ「キューバの」というのをつけたのは、ハ バタンパの音楽に、他国の音楽の影響があるのを認 めたくないという中華思想だろう。 そう。ハバタンパの場合、演奏が芸術的すぎて、観客は踊るより先に「感動」しちゃ うのである。 なまじ客の耳が肥えてるだけに、かくも大胆不敵な編曲にお客は釘付けになり、かく も惜しみなく出てくる高度なテクニックに魅了され、かくも文学性に溢れる、深く美 しい詩をじっくり聞いてしまうのだ。 で、その結果...ハバタンパのライブでは、お客があんまり踊らないのだった。 ハバタンパのライブのお客の雰囲気は、まさに、パブロ・ミラネスやシルビオのコン サートに近い雰囲気だった。お客が息を詰めて見守る。一言一言に反応する。 一曲一曲を真剣に聴き、拍手が起こる。 ...ハバタンパは「踊ってナンボ、踊らせてナンボ」のサルサバンドであったはず なのに、である。 ま、ハバタンパ結成そもそもの動機が、「本場キューバ人の度肝を抜くようなバンド を作りたい」だったのだから、その目的そのものは、完璧に達成していたのだけど。 ...でも...それは、サルサバンドとしては、皮肉にも、致命的な欠点なのだっ た。 (-_-;)ドウシマショウ、タイサ (^_^;)ウーン コマッタネー (続く) 18)-------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編18 まー、ハバタンパの「致命的欠点」については、結局、プログラムに手を入れたり、 モントゥノ(曲の後半の繰り返し部分)のデスペローテ(踊り部分)を意図的に強調 して延々とやったり、MCで煽ったりして、だいぶ解消されたのだが、ま、今後のひ とつの課題ですな。 (をいっ、ハバタンパってキューバ遠征のためだけにつくったグループじゃなかった っけ(゚_゚;)?!) ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ しかし、もし本当に、ヌエバ・カンシオンの高度の知性&芸術性とサルサの娯楽性を 完璧に融合することができたら、こりゃ、ほんとに凄いんだけどね。 \(^^\)(/^^)/ソノ ハナシハ オイトイテ ここで、独断と偏見に満ちた、PANDORAのフェスティバル感想である。 ワタシが個人的にけっこうはまったのは、やはり、オリヒナル・デ・マンサニージョ だった。もともと、昔フォルクローレをやってたりした過去があるもんだから、基本 的に、土臭いのが好きなのである。 んで、あのオリヒナルの、イナタ〜い暖かさがすごい気持ちよかったのだ。 「ワシら、都会になんか、いかないもんね〜」 「お客さんは神様じゃけん」(^_^) とでも言いたげに、お客を乗せることに命を賭けているオジサンたちの姿は、まさに 『芸人魂』そのもので、もう、実にイイ。 それから、ソン14(ソン・カトルセ)。 あのティブロン親父の、強引きわまりないノセ方は凄いもんがある。 「ハバナがなんぼのもんやー」 「おまえら、踊らんかい。ぼやぼやしてたら、どつきまわすぞー」 とゆーよーな、コテコテのど迫力である。 このへんの《地》のパワーに比べると、イサーク・デルガードもNGラ・バンダも、 なんだか「おぼっちゃん」ぽく聴こえてしまうのよね。 あと、アダルベルト・アルバレス。 これは文句なく凄い。 実際、このバンドはノリも凄いし、音楽としても本当に聴かせてくれる。実に完成度 の高い音を作っているのだ。曲ごとのバラエティも凄いし、選曲の趣味もいい。 このグループなら、サルサって、騒々しいし品がないからあんまり好きでないという ヒトにも、「聴かせられる」だけの力がある。 ...まさに、キューバのソン(サルサ)界の頂点に立つと言って遜色ない。 まー、それに、あのメンバーひとりひとりが「自分が目立つことしか考えてない」と しか思えないようなコスチュームといい、ハバタンパとしては、見習うことが多かっ たのではないだろうか。 (大佐、来年のキューバ公演の衣装は、やっぱり『光り物』ですよね。んで、当然バ ンマスは深紅のシャツに金ラメのスーツね) それから、ボーカリストとしては、やっぱ、プエルトリコのアンディ・モンタニェス は良かったわ.....(;_;) とにかく、よく出演場所が一緒だったせいもあって、アダルベルトのグループとは、 個人的にも親しくなった。 トロピカーナの楽屋に遊びにきた、(実は同じくフォルクローレ出身者でもあった) あのトレスの世界一の名手パンチョ・アマットおじさんの伴奏で、突然、なんと、ア ルゼンチン・フォルクローレの不朽の名曲 《アルフォンシーナと海》 \\\\\(^O^)///// を歌ってしまったりね。 (どんなサルサ歌手や。んでも、キムチさんに妙に感動されてしまった(^_^;)) (どうでもいいが、あのパンチョ・アマットの超絶技巧トレスには、ぜったいにボリ ビア・フォルクローレのエルネスト・カブールの超絶技巧チャランゴの影響があるの だ。だって、パンチョって、カブール門下の「インティ・イリマニ」のサリーナスの 弟子だったんだもの...ったく...世界は狭いぜ) じつは、これはあまりにも内輪受けしたので、ステージでもやろうという話になった。 実現していたら、サルサ・フェスのステージで、突然、フォルクローレが出るとゆー、 まさにハバタンパしかできない前代未聞の出来事のはずだったのだが、パンチョのス ケジュールの都合で不可能となったのであった。(*^_^*)ザンネーン (続く) 19)-------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編19 強いていうなら、せっかく6日間サンティアゴにいながら、リハーサルと本番のため に、ハバタンパのお兄さまたちは、ほとんど観光ができなかったのが、お気の毒であ った。 ホテルもせっかくの高級ホテルで、素敵なプールもあったのに、泳ぐヒマもない。 でも、4日目に意地になって、わずかの空き時間に泳ごうとして、スタッフのNATCHAN を誘ったら、「私は忙しいので(^^;)」と言われ、カメラマンのつるさんを誘おうとし たら逃げられ、いくらなんでも大佐だけはワタシを見捨てたりしないだろうと思った ら、「私は心労で肩が凝っているので、マッサージに行きます」と断られてしまい、 一人むなしく泳ぎに行ったのだった。(;_;)ふんだ。どうせだれも見たくないのよ、ワ タシの水着姿なんて。めそめそ。 5日目のわずかな空き時間には、大佐、NATCHAN、ヒトミさんと一緒に、街に出た。 やっぱり、正しいソンの演奏家は、ソンの原点である、サンティアゴのカサ・デ・ト ローバ(民謡のライブハウス)に行かねばならないという使命感である。 日本人は真面目なのさ。 カサ・デ・ラ・トローバに着くと、地元の人で満席状態だったが、みんなやさしいの で席を詰めて、私たちを入れてくれる。 すると、前から2列目で、木の椅子の上で凍りついている日本人を発見。なんと、 FSHIMINのシスオペの福島さんだった。(あのまま、福島さんの心は、あそこに憑依 してしまい、日本に帰ったのは抜け殻だけらしいという、怖い噂もあるそうだ) 演奏は、『ソン・フビラードス』という爺さんバンド。フビラードというのは「年金 生活者」のことで、引退したミュージシャンのおじさんたちが組んでるバンドだそう だ。で、20年代風のセプテート(7重奏)・スタイルのめちゃんこ渋いソンをやる。 すっかりハマって聴いていると、隣のおばさんに 「もしかしたら、アバタンパ?」と訊かれる。 「ん....まあね(*^_^*)」 すると、まっ黒なおばさんが叫んだ。 「ちょっと、みんな、聞いた?! アバタンパの歌手が来てるよっ」 それで、いきなり場がヘンに盛り上がってしまった。 アバタンパだ。アバタンパだ。アバタンパだ。わー、アバタンパだ! すると、前で演奏してる爺さんたちが実にウレシそうに言った。 「アバタンパは、本当のソンをやるんだってね。ソネーラ、一緒にやらないか?」 (*゚_゚*) ソネーラ。ソンの歌い手。そ、それは....なんと光栄な。し....しかし..... おばさんたちは騒ぐ。 アーバタンパ。歌ってよ、歌ってよ、歌ってよ、うたってよ! こう言うとき、ふつうはワタシはぜったい歌わないのだが、しかし、あの渋い爺さん たちに言われて、そして、このやさしいやさしいサンティアゴの黒光りする肌のお客 さんたちに言われたら、ここで断るなんて....。 で、ワタシは、意を決して、振り返った。 「た、大佐....『ソン・デ・ラ・ロマ』のワタシのキーはなんでしょうかっ」(;_;) 『ソン・デ・ラ・ロマ』というのは、ミゲル・マタモロスの作った、伝統的なソンの 超スタンダード曲である。ハバタンパのレパートリー以外には(しかも、ハバタンパ の凝りまくった編曲でしか)ソンを歌ったことがないPANDORAだが、これなら、なん とか....(^_^;)。しかしながら、愚かにも自分の歌う音程を知らない(爆笑)情けな い歌手であった。 「Cです」と、この状況下でさらした、自分とこのボーカルのアホさ加減にも動じる 気配を見せない<あかんべ猫>大佐。 とにかく、バンマスというのはえらいもので、ぜったい動じないのだ。 例えば、このフェス期間、他のグループのライブに行って、メンバーがどんなに我を 忘れて踊り狂っていようが、ただ一人、他のキューバのバンドを聴きながら、冷静に 手帳を出して編曲の特徴やステージ構成をメモし、余裕があるとカメラを出して、キ ューバ娘とデスペローテに没頭しているメンバーの写真を撮影して、あとで脅迫に使 うネタをきっちり確保するという、もう気迫のこもった冷静さである。 (言うまでもなく、トロピカーナなんかで、ワタシが「ねー、大佐、踊りましょう。 ねー、ねー、ねー」と迫っても、まったく相手にされなかった(;_;)シクシク) *デスペローテ:ルンバなんかのときの踊りで、体をあ ぶなく密着させて、いかがわしく踊るの。 で、ソンが始まった。もちろん、セプテート編成で歌うのは、生まれてはじめてだ。 ついでに言うと、編曲もわからない。わからないから、ノリだけでなんとかするしか ない。(^_^;) しかし一週間近くにわたって、濃厚な環境の中、9人の濃いお兄さまたちに、きっち り仕込まれたのは無駄ではなかった。ま、もともとが(しつこいけど)フォルクロー レ出身だから、アコースティック編成のバンドって、なんか、体質的に合うものがあ るみたいだし。でも、アドリブでもソンが歌えるようになったぞぉ。 ....そして、もちろん、バカ受けした。 ま、でもそれは、ワタシの歌が感動的だったというのではなく、なんというか、美し い友好の証、みたいな感じだったんだけど....。 でもワタシもハマったし、ヒトミさんは目頭を押さえていらっしゃった。 そのあと、他の人たちと別れて道を歩いてると、「アバタンパ?」と訊かれる。 うん、と応えると、通りすがりの人からお菓子とかパンとかをいろいろもらった。 ウチにゴハン食べに来ないか、と言ってくれる人も何人もいた。 ....やっぱり、感動してしまった。(;_;) (続く) 20)-------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編20 最終日のステージ。 ところが、雨のため予定の野球場が中止になり、シロアというリゾート施設に場所が 変更になった。 で、会場に行く。暫くすると、カラチのおじさんや、パチョ・アロンソ楽団の人とか、 その日、演奏の予定のないはずの音楽家たちが、次々に楽屋にぞろぞろ現れた。 「どうしたの?」 「ハバタンパのラスト・ステージを聴きに来たんだよ」 「えっ(゚_゚)....で、でも会場が変わったのに、どうしてわかったの?」 「調べたのさ」(^_^) でも、急な変更だったから、簡単に調べられたとも思えない。 しかも、プレゼント(本とか楽譜とか)を持ってきてくれてる人もいた。 ....な....なんか、これって感動してしまうではないか。 下に降りると、オリヒナル・デ・マンサニージョの人がいた。 「ハバタンパは、運営のせいで、いろいろ苦労したって聞いたよ」 「う....うん、まあね(^_^;)」 「だから、せめて最後の夜は大丈夫なように、今夜は俺たちの音響機材を持ってき てるんだ。どうか、サンティアゴにいやな想い出を残さないでくれ」 ....あ、ありがと....(;_;) あとで聞いたら、その日、雨のため野球場でのライブ中止が決定した時点で、この シロアのマネージャーが、「ハバタンパのラスト・ステージを自分とこで是非やら せてくれ」と、実行委員会に直接、掛け合ったのだそうだ。 なんかこうなったら、最後も、思いきり、いい演奏しなきゃいけないじゃない。 んで、カラチのトロンボーンの人とか、乱入してきたりね。 どうしても抜けられない仕事のせいで、パーカッションのタケウチ(タタタ)さんが 一日早く帰国したので、一名足りないハバタンパだったが、この日の演奏って、内容 的には出色の出来だったと思う。 「ハバタンパ、最高だぜ」と、終わったあとの楽屋で、ラムのコップを差し出しなが ら、やっぱり音楽家のオジサンが言った。(有名な人だったらしいが、名前を覚えて ない) 「ありがとう」(*^_^*) 「キューバの若い連中に見習わせてやりたいよ、まったく」 「そ....そんな大層な....」 「いや、お世辞じゃない。伝統的なソンのスタンダードもちゃんとできて、その一方 で新しいモノは大胆に融合させる....そういうバンドはキューバでもたくさんある わけじゃない....俺たちにとっても、刺激になったよ。礼を言いたい」 ....あ、ありがと....(;_;) 刺激を受けて勉強になったのはこっちの方だよ。やっぱ、本場の皆様、凄いノリと迫 力だった。おまけに、何やかや言いながら最後までステージをつとめられたのは、ほ んとーに、みなさんのご協力と励ましのお陰あってのこと。でなきゃ、ハバタンパは 本当にリタイアしてたかもしれないんだもの。 いろいろストレスもあったが、来て良かった、とPANDORAは本当にそう思った。 ハバタンパに加わって....本当に良かった。ワタシは個人的には、日本国外での演奏 活動は多いが、(キューバで歌ったのも、もちろん始めてではない)、でも、自分が 日本人であるということを誇りに思えたのは、そして、同国人の『仲間』を誇りに思 えたのは、じつは、はじめての経験だったのだ。 (続く) 21)-------------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT七転八倒サルサ編/最終回 ハバナに戻って、恩師のフランク・フェルナンデスに電話をした。 フランクはクラシックのピアニストで、世界的に活躍してる人である。あのチャイコ フスキー・コンクールの審査員もつとめる大物で、お弟子たちは、ロン=ティボーやチ ャイコフスキーなどの賞をいくつも射止めている。 《プラハの春》音楽祭では、ゼルキン、アシュケナージと並んで「世界の5大ピアニ スト」リストに選ばれもした、マジで大物である。 いま日本で公開されて、一部で話題になってるキューバ映画『苺とチョコレート』の なかで、泣かせる音で、キューバン・クラシックの名曲、セルバンテスの「さらば、 キューバ」を弾いてるのもフランクだ。 んで、そんな偉い人が先生なのに、なんで、PANDORAはピアノで猫ふんじゃったすら 弾けないのかというと、彼は、PANDORAにピアノの才能がまるっきりないのは、はじ めからわかっていたので、それ以外の人生の大事なことをいろいろ教えてくれたわけ。 たとえば、酒の飲み方とか、料理とか....まあ、いろいろあるんだけど、その中でも PANDORAの座右の銘となっている教えを列挙してみよう。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ ●喧嘩を売られるのは、ひとつの勲章である。 バカにからまれるのは、それだけ影響力があるからであって、喧嘩の ひとつも売られないような人畜無害な人間になってはいけない。 ●評論家の95%はクズである。 ●才能ある演奏家とは楽譜の行間を読む人間のことだ。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ とゆー、現在のPANDORAの人格形成に多大な影響を与えた、独特のパワーのある人で ある。(^_^;) 最初のは、必ずしもフランクの言葉ではなくて、キューバ独立の英雄ホセ・マルティ のお言葉でもあるそうなんだけど。いや、元気の出る言葉ですわ。ワタシなんかには (笑い)....。 んで、そのフランクのところに電話をした。おじさん本人が出た。 「ぱ....ぱんどらっ!!! い、いま、どこにいるんだ(゚O゚;)...もうサンティアゴか ら帰ったのか?!」 「どこって、ハバナのリビエラ・ホテルだけど....」 「昨日、TVのニュース番組を見てたら、おまえがソンを歌ってたので、もう、家中 で仰天してたのだ」 「でも、サンティアゴに行く前に、電話で『いまからサンティアゴにソンを歌いに行 ってきま〜す(*^_^*)』って、伝言おいといたじゃない」 「じょ....冗談だと思ったんだよっ....まさか本当に....それで、実行委員長のアダ ルベルト・アルバレスに電話して、様子を聞こうとしてたとこだ....。で、サンテ ィアゴではちゃんとアテンドして貰っただろうね。こんなことだとわかっていたら、 アダルベルトに良く言っておいたのだが....」 そんなことになっていたら、アダルベルトは心労で寝込んでしまっていただろう。 アダルベルトはフランクには頭が上がらないのだ。(^_^;) 「それで、バンドの他の人たちは?」 「ちょっと疲れてるけど、みんな元気。それにライブもすっごく良かったの。サンテ ィアゴでもキューバの音楽家の人たちに、とっても親切にしてもらったし(*^_^*)」 「それは良かった....では、夕方にでも会おうか。話が聞きたい」 「何時に行こうか?」 「いや、おまえは日本の皆さんのお世話があるだろうから、私が出向く」 すると、ほんとにフランクは奥さんのアリーナと一緒にホテルのロビーまで来てくれ た。アリーナも国立交響楽団のチェロ奏者である。 「それで、ソンを歌った感想は?」 「うん。勉強になった。楽しかったし....後ろのお兄さんたちも凄くキューバ音楽を わかってる人たちだったから(*^_^*)」 「うん。あれから2,3の音楽家に電話して、アバタンパの演奏はお世辞じゃなく良 かったと聞いたよ。私も鼻が高い」 「おおっ、マエストロ(大先生)!」 と声がして、さっきからロビーをぶらぶらしてた数人のお兄さんたちが寄ってきた。 紹介してもらう。NGラ・バンダと一緒に来日もしたサルサ・バンドの、パウロ・イ・ ス・エリテのメンバーの人たちだって。キューバは、クラシックの人とポピュラーや ジャズの人とが凄く仲がいいのも特徴なのだ。 「君たち、何してるんだ、こんなとこで」と、フランク。 「それが、日本のアバタンパのライブが今日、『パラシオ・デ・サルサ』であるって 聞いたんで来たんですが、中止らしいっていわれて....」 それは本当だった。モンテスのコーディネートで、今日ハバナでライブをするはずだ ったのだ。 もっとも、タケウチ(タタタ)さんとノーミさんのパーカッション2人が都合で早く 帰られたので、パーカッションだけキューバの人に手伝って貰う予定だったのだが、 じつは、サンティアゴで、私たちのチームワークが、あまりにも固くまとまってしま ったので、いまさら別の人を入れたら、たとえキューバ人でも同じテンションは維持 できないだろう、という結論に達したのと、来年の再公演も決まったので、だったら ハバナ公演はその時にちゃんとやろうということになり、急遽、キャンセルしたので ある。 「この子はアバタンパのヴォーカルだよ」と、フランク。 「えー、なんで、ライブやめたの? アバタンパはとにかく、ぜったい聴く価値があ るって話を聞いたから期待してたのに」 そ、それはうれしい....。(*^_^*) 「ごめんね。来年をたのしみにしてね」 そうこうしてると、大佐とツガキさんとゲタオさんがレストランから上がってこられ た。 「あのね、この人たちが、アバタンパのお兄さんたちです。この人がリーダーで編曲 者でトランペット、その人がピアノ、あの人がベース」 フランクは、もう気分は父親である。 「あ、どうもPANDORAがお世話になって....それにしてもアバタンパは凄い評判だね」 「おかげさまで」(*^_^*)と、大佐。 「それでモノは相談だが....」 「なんでしょう」 「来年の公演が決まったそうだね」 「ええ....」 「その来年のライブでは、私が乱入してもいいだろうか」 \\\\\(゚O゚;)///// クラシックの大御所が、なにを血迷っているのだ! しかし、大先生は血迷っていたのではなかった。 「何を言うか。音楽には優劣などないのだ。私はたしかにクラシックの人間だが、ジ ャズもサルサも大好きだし、そういうレコードを作ったこともある。それが恥ずか しいとか、品位を落とすなんて思わないぞ」 「確かに、おっしゃるとおりです」と、ぜったい動じない大佐。 *ジャズでは、イラケレのチュチョ・バルデスとピアノ合戦を やったのがあるそうだ。知らなかったけど。 「ほんじゃ、決まりね。来年は一緒にサルサをやるぞ(*^_^*)」 と....なんとゆーか、成りゆきで凄いことが決まってしまったのだった。 で、フランクが帰ったあと、ハバタンパ内部で会話は続いた。 「あのフランク・フェルナンデスがピアノで乱入ということになると、やっぱり、パ ブロ・ミラネスにも声をかけないと、あとで怒ると思うな」 「んじゃ、ボーカルは、パブロもゲストで一曲ハモってもらう、と」 「したら、パンチョ・アマットにも声をかけて、あのときのフォルクローレの曲を気 分転換にやりましょう」 「そだね」 【濃....濃すぎる.....】 \\\\\(^O^)///// ま、どなたも超多忙な方たちなので、スケジュールがあわない可能性の方が高いんだ けど、万一実現したら、これは日本・キューバを会わせても、史上最強の....怖すぎ る組み合わせである。しかし、大佐はあくまで冷静なのだった。 「と..ところで、このキューバ公演が終わったら、ハバタンパはどうなるのでしょう」 「どうって、来年の再公演が、もう決定してますからね。やめるわけにはいきません」 きっぱり、大佐はおっしゃった。もう目が据わっていた(ような気がした)。 「もちろん、日本でも、レギュラーでやりましょう」と、きっぱりゲタオさん。 「PANDORAさんも、もうサルサにハマったでしょう」 (*゚_゚*)ジ...ジツハネ....ソウナノ サルサにハマったのか、濃いお兄さまたちにハマったのか、それとも、他のなにかに ハマったのか....本当はまだよくわからないPANDORAだったが.....というわけで、こ のREPORTは、いったん終わるが、どうやら物語は、まだまだ、ぜんぜん終わりそうに はないのだった。 ....日本での報道をよそに、ハバナは、その日も明るい太陽が照っていた。 (終わり) ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 【ALL STAR CAST】 《HAVATAMPA》 バンマス 吉田 憲司 (炎のアレンジャー,トランペット,司令官)<あかんべ猫大佐> 四宮 寛 (ひたすら渋いトランペット奏者) 内田 日富 (涙もろいトロンボーン奏者) 川島 茂 (超能力トロンボーン奏者) 津垣 博通 (美少女泣かせのピアニスト) 高橋 ゲタオ(踊るベーシスト) 納見 義徳 (不老不死のパーカッション奏者) 木村 誠 (夢見る視線のパーカッション奏者)<キムチさん> 竹内 信一 (メキシコ女性と恋の予感のパーカッション奏者)<タタタさん> 八木 啓代 (たよりないボーカル)<PANDORA> ******************************************************************** 《キューバ遠征スタッフ》 鶴巻 祐介 (マンボなカメラマン)<つるさん> 野本 夏彦 (普通の会社員を名乗る謎の人物)<NATCHAN> ******************************************************************** FESTIVAL INTERNACIONAL DE SON "MIGUEL MATAMOROS" ( FESTIVAL MATAMOROSON ) se celebraron desde el dia 21 a 25 de septiembre de 1994 en Santiago de Cuba. 『ミゲル・マタモロス』国際サルサ(ソン)・フェスティバルは (略称:マタモロソン・フェスティバル) 1994年9月21〜25日,サンティアゴ・デ・クーバ市にて開催された。 番外)------------------------------------------------------------------------ PANDORA REPORT七転八倒サルサ編番外 メキシコに戻って数日。 ハバタンパのお兄さまたちはお帰りになり、大佐はNYに。 で、PANDORAはアパートメントで、うつらうつらしていた。 そこを、 【どんどんどんどどんどん】 \\\\\(゚O゚;)///// な、何事?! PANDORAは、ネグリジェの上にコートを引っかけて、玄関を開けた。 そこにいたのは、歩く天災、こと作曲家のマルシアル・アレハンドロだった。 \\\\\(゚O゚;)///// 「やあやあ、PANDORA、いまお目覚めかい?(*^_^*)」 「な、何の用?(-_-;)」 「あのね、ギターの弦貸して」 そ、そんなことのために、朝9時に来るなよ、おまえは。 「寝起きの顔は、深い仲の人以外には見せまいと決めていたのに(-_-;)」 「だったら、これを記念して、いまからでも深い仲にならないか(^_^)」 「....朝っぱらから、殴られたい?」 しかし、じつはマルシアルには恩があった。 なんといっても、ハバタンパのキューバでの成功はオリジナルに負うところが多か った。で、その中でも、ほとんどハバタンパのテーマ曲として、欠かせないレパー トリーだったのが、『そんなふうに人は生きる』という、この男の作品だったのだ。 ハバタンパの評価であった「華やかな中に知性と気品のあるステージ」(某アナウ ンサー談)の中の「知性」の部分は、認めたくないが、この男のお陰だったりする のである。(;_;) 「ま、入りなさい。コーヒーでも飲む?」 「んーと、キューバリブレあるかな?(*^_^*)」 おまえな、朝の9時だぞ。いいけどさ。 「コーラを切らしている」 「じゃ、水割りでいこう....おやっ、そ、それは....パティ...」 伝説的な酔っぱらいの鋭い目は、私が台所のテーブルの陰に隠していたサンティア ゴ渡来のラム酒《パティクルサード》をめざとく発見したのであった。 「それはだめよ」きっぱりとPANDORA。 「それは、今日、レコード会社のモデスト親父にあげることになってるの」 (;_;) 「PANDORA、化粧した君も美しいが、素顔はまた実に....」 「そんな顔したって、ダメなモノはダメなの。はい、ギターの弦。それから水割り。 飲んだらさっさと帰ってよ」 ....近所のおばさん連中に見られたら、誤解されるではないか。(-_-;)ホンマニ、モウ ############################################################ 夕方。PANDORAは、レコード会社ペンタグラマ社で、社長と打ち合わせをしていた。 「おお、パティクルサードか、今夜は宴会だな」 ふと時計を見ると、最後まで一人、写真撮影のためハバナに残っていたカメラマンの つるさんが、メキシコのホテルに着く頃だった。そういえば、つるさんは、メキシコ でマルシアル・アレハンドロのCDを買いたいとか言ってたような....。 「そうだ。社長、ちょっと電話借りるわね」 ホテルに電話した。ばっちり、つるさんは着いたとこ。 「あのね、つるさん。マルシアルのCD買うなら、いまから会社にいらっしゃいよ。 マルシアル本人も来るから」 「アポイントメントあるんですか?」 「ないけど、きっと来るに決まってるの」 「でも、もう夕方だし、オフィスタイムも終わってますが」 「いいのよ」(*^_^*) で、つるさんは、真面目な日本人なので、すぐタクシーに乗って来られた。 「いらっしゃ〜い」(*^_^*) 「CDも買いたいんですが」 「は〜い。どうぞどうぞ」 つるさんが来られた後を追うように、しばらくすると呼び鈴が鳴った。 「やあやあ、PANDORA、今宵の君はまた一段と美しいぞ」 \\\\\(^O^)///// もちろん、パティクルサードを求めてやってきたマルシアルである。 ちょうど、歌手のオスカル・チャベスと一緒に社長室から降りてきた社長が、ちょっ と冷たく挨拶した。 「やあ、おまえか」 「いい酒が私を呼んでいるのだが」 「酒倉に『フロル・デ・カーニャ』が入ってるぞ」 「何をおっしゃる。『パティクルサード』があるのは、もう割れているのだ」 「なに?『パティクルサード』だと」と、オスカル・チャベスの目が光った。 「いや、つまり....その」 (-_-;) 社長は、一瞬、露骨に嫌な顔をしたが、でも基本的にはいい人なので、やっぱり、 パティクルサードを開けたのは言うまでもない。 ....こうして、たまたまその場に居合わせた映画女優のスサーナも加わり、宴会は 始まったのだった。 番外1)----------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT番外/もうひとつの愛1 「....もしかして君は『マリコ』か?」 拷問で両目を剔られた元兵士が、ふたつのうつろな眼窩をこちらに向け、私の手を握 って、そう言った。その片手には刃物で切り落とされて、一本の指もなかった。 その言葉に、地雷で脚を失った別の兵士が振り返り、松葉杖を器用に操って近寄って きた。 私は、目をそむけそうになった。が、そむけなかった。 ふたりの元兵士は、微笑みを浮かべていた。 ハバナ郊外。1989年。 エルサルバドルのゲリラ兵たちが、ジュネーブ条約に基づき、国際赤十字と国連の調 停のもと、特別機で移送され、キューバ政府に保護されて治療を受けている医療キャ ンプがあった。 「いいえ。私はただの旅行者....あなたはどこで、その『マリコ』を?」 「サンサルバドルの群衆の抗議デモの中にいたらしいのを、ある同志が見たんだ.... あのカテドラルが包囲された日も....弾が飛んでくる中、街を駆けていたと」 「それがマリコだったの?」 「他にも見たらしい奴はいるんだ....話をしたという奴もいるそうだ...」 「あなたたちが直接逢ったわけではないのね?」 「俺はラジオで聴いた....彼女が喋っているのを....」 「なんでも、見事な黒髪の、それは綺麗な日本女だそうだ」 夢見るように、ふたりの身体障害者となった元兵士たちが言った。 美しいマリコ。勇敢なマリコ。それも、遥か日本から俺たちのために来たマリコ。 マリコのことが心配でならない。よもや、あの包囲戦に巻き込まれて死んだりしなか っただろうか? なにかの間違いで流れ弾に当たりはしなかったか? あれから、マ リコの噂を聞いたという者は誰もいないんだ。俺たちは安全なところにいて、あの女 を探す術も助ける術もない。マリコの身が案じられてならない。 「残念だけど、私は『マリコ』じゃないわ」私は言った。 「だったら、ここにはどうやってきたんだ?」盲目の兵士が言った。「旅行者の来る ところじゃない」 「私はジャーナリストの卵なの。ほんとに、ただそれだけなの」 「あんたは、本当はマリコだろう?」盲目の男は言った。「俺がラジオで聞いたマリ コの声は、同じように少し訛ってた....」 「....きっと日本語訛りだから似てるんだわ」 「うれしいことを言ってた....『あなたたちは孤立なんてしていない。米国の情報操 作などに騙されない人間はいっぱいいるのだ。だから頑張れ』と、地下ラジオで.. ....マリコはジャーナリストだと言う噂も聞いた」 「ごめんなさい。でも、私は本当に『マリコ』ではないの。だって、私は包囲戦の日 には、まだ日本にいたの。だいたい、そんな立派な人じゃないわ」 「だったら、マリコの消息を知らないか? 同国人なんだったら、どこかでマリコら しい女の噂を聞かなかったか?」 「.....『マリコ』が包囲戦で死んでいないのだけは確かよ。だって、日本人の死者や 重傷者がいたら、大使館から伝わって、日本の新聞にも載るはずだから。マリコは 生きてると思う」 「本当か、ああそれなら良かった」 心からうれしそうに、ふたりの怪我人は笑った。 「同志、もしもどこかでマリコに逢ったら、伝えてくれないか....俺たちが心配して いたって」 「うん。伝えておく。もしもどこかで逢えたらね」 もしも、逢えたら、だ。 私は、重傷を負ったゲリラ兵たちの保護されている医療キャンプを出た。 サルバドルで抗議デモに加わった日本人女性がいたとでもいうのだろうか? 銃弾の間を駆け抜けた日本人女性がいたとでもいうのだろうか? いや、そもそも、マリコなる人間が存在していたのか? マリコを実際に目撃した人間がいたのだろうか? 誰が顔を見て、名前を聞いたのか? 地下放送のインタビューに顔が見えるわけではない。 ならば、すべては、虚像だったのではないか? しかし、ただひとつ確かなことがあった。 おそらく存在していなかったマリコは、しかし愛されていた。 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ (続く) 番外2)----------------------------------------------------------------------- PANDORA REPORT番外/もうひとつの愛2 「どうだった? 医療キャンプは」 家に戻ると、キューバ人の友人が待っていた。 「まいったわ。自分たちが大怪我をしてるのに、他人の心配をしてるのよ」 「あれは真に偉大な連中だよ」 「....あれが『革命』の本当の姿だと言いたいの?」 「彼らにはなんの罪もないと言いたいだけだ」 「....そんなにきれい事では済まないと思うけど。革命がうまくいったとしたって、 こんな時代では、そのあとは、どうなることやら....」 「それでも、希望を持つことは無駄ではないよ」 「........」 「君に説教をする気はないが、ひとつだけ言わせてくれないか」 「....なに?」 「悲しみや絶望と闘う武器は、陽気であれということ」 「....なんで私にそんなことを言うの」 「君には知っておく必要があるからだ」 それから、数年。 時代の風が、勇者たちにやさしいとは限らない。 サルバドルの革命は、墜落した。 首都決戦の秒読みをしていたまさにそのときに、広告代理店に演出されて、忘れもし ないチェコの《革命》が起こった。 つづいて、東欧圏が崩壊し、ソ連邦は解体した。 (あのチェコのニュースをTVの臨時ニュースで知ったとき、すでにサルバ ドルと縁を切っていた私ですら、その意味を察知し、あの兵士たちを思っ て泣き出したものだった) 時代は変わった。 冷戦のシーソーを操ることで、弱い者が強いものを牽制できる時代は終わった。 いまや、世界唯一の超大国として、哄笑しながらサルバドル直接介入のカードをちら つかせるブッシュの前で、解放戦線はもはや徹底抗戦の時機を逸したことを知る。 こうして、不利な和平交渉が始まった。 さらに数年。 ロシアが米国に援助を求める時代。 いまでは、キューバも孤立し、他人の世話どころか、自分の未来が見えない不安に余 裕を失う時代が来た。 それで、愛するキューバの人々よ。私が一番苦しかった時代に私を助けてくれた人た ちのために、私になにができるだろう? そして、私は考える。 希望を持つのは無駄ではないと。 あの日、悲しみや絶望と闘う武器は....と、《彼》が教えた。 いつか....それが必要になる日が来るから、と。 ----------------------------------------------------- --------------------------------------------- 「PANDORAさん。サルサ・フェスティバルの選曲のことですが」 「大佐殿、じつは、この曲を入れたいんですが」 「う〜ん、いいのかなあ。サルサにしても(゚_゚)」 「いいんです。《彼》は、文句は言わないですよ。ぜったいに」 人間、強力な武器を持つと使いたがるのは世の習いである。 ....こうして、シルビオ・ロドリゲスの歌はサルサにされた。 (【PANDORA REPORT七転八倒サルサ編その13】51行目以降参照) (^_^;)イマゴロ スゴーク オコッテルカモ....デモ モンクハ イエナイヨ ネッ