八木啓代のひとりごと

(5月3日 記)

よりにもよって、このゴールデンウィークの時期に上京してきたうちの母親を、家に閉じこめておくわけにもいかないので、東京の超穴場に連れて行くことに。

都心に近いにもかかわらず、そりゃあ見事な建築で、なかなか見られるものでもなく、私自身、リフレッシュしたいときに、ときどき出かける場所。
なのに、ほとんど観光客はいないのです。

その場所とは、「東京ジャーミイ」
代々木上原にある、オスマン様式の美しいモスクです。
信者でなくても、礼拝堂の見学もできるのです。
礼拝室内部に細かく施されたカリグラフィのペインティングや、タイル、ステンドグラスは本当に美しい。
もちろん、節度のある服装で、女性はスカーフを被るのが礼儀ですが。(ちなみにスカーフは貸してもらえます)

一階には、伝統的なトルコの家の応接間を再現した小部屋もあって、ここで一休みもできます。中でお茶を飲んだりすることができないのだけが惜しいところですが、まあ、観光地ではないので、仕方ありません。

このモスクのすぐ近所には、小さなカフェを併設したちょっとおいしいケーキ屋さんがあるので、このあと、ちょっとお茶を飲んで一服してから、そのままちょっと歩いて、メキシコ料理のライブレストランの「テピート」さんへ。
ここは私も何度かライブをやったことがあるお店なんですが、自分が歌う日って、あまり思い切り食べられないので(いやそれでも食べてるけど)、今日は母親連れでお客さんとして。
東京のメキシコ料理店、他にもいくつかありますが、お客として電車に乗って食べに行きたいと思うお店はちょっと他にはありませんのです。
魚介のセビッチェ、グアカモレ、海老のテキーラ風味など、今日もすばらし。
お店を切り盛りしていらっしゃる奥様は、もともと懐石料理の達人でいらっしゃるので、メキシコ料理に、いい意味で日本的な風味(たとえば盛りつけの美しさや繊細な味付け)が加えられて、初めての人でもとても食べやすいお料理です。相談にも乗ってもらえます。

そして、このお店の特に凄いところは、レギュラーで演奏していらっしゃる、かのトリオ全盛の時代の伝説的なバンドのひとつだった「トリオ・デルフィーネス」の元リードボーカルだったヘスス・オロアルテ氏ことチューチョさんの存在。齢70をとうに越えていらっしゃいますが、黄金の喉は健在です。
はっきりいって、サン・アンヘル・インみたいなメキシコの超一流レストランでも、このクラスの方がライブで出ていることってふつうないので、このお店の贅沢さは尋常なものではありません。だんだん予約の取りにくい店になりつつあって、来年の今頃は予約3ヶ月待ち、とかいうことにならないことを祈るのみです。(でも私のライブの時にも、皆さん来てね)

うちの母親も濃い一日に大満足でした、と。


(4月22日 記)

ええと、世間はチベット問題で盛り上がっているのに、八木さんの意見はどうなんですか、というご指摘を、とある飲み会(笑)で、某放送局の方からいただいてしまいました。

それはですね。よく知らないことに、知ったかぶりでコメントをつけたくないから、でございます。

で、私は現中国政府を全面的に支持しているわけでもなんでもないので、誤解を招きたくはないのですが、今回のチベット問題に関しては、そもそものニュースソースはずっと、「ラジオ・フリー・アジア」という放送局となっていました。

この放送局は、アメリカの資金提供で作られている放送である、ということと、この種のアメリカ国務省支援の放送局(要するに謀略放送です)は、チベットに限らず、アメリカの国益と密接に関わりのある国家や地域の独立あるいは反政府運動を支援するという名目で存在し、アメリカに都合の悪い政権叩きのために使われています。
有名なのは、反キューバの「ラジオ・ホセ・マルティ」なんかですが。

「自由と民主主義を護る」というのは、そこだけ聞くと美しい言葉ですが、それが古くはチリのクーデターやパナマへの侵攻や、ニカラグア・サンディニスタ政権への攻撃の口実であり、最近では、イラク侵攻の口実にされていたことを、なかなか私などは忘れられないのであります。

ついでにいうと、亡命チベット政府というのも、アメリカの資金援助で保っている団体のようではあります。
http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9C0CEFD61538F931A35753C1A96E958260
うーん、個人的には私、ダライラマ、どっちかというと好意を持っているのですが。

あと、信じるかどうかは別として、こういう記事もあったりします。 http://www.asyura2.com/07/asia10/msg/502.html http://a-odagiri.seesaa.net/article/92589606.html

そんな矢先に、朝日新聞にこのような記事が出ておりました。
http://www.asahi.com/national/update/0421/TKY200804210079.html

「国境なき記者団」は、ノーベル平和賞受賞団体である「国境なき医師団」をもじって(というか、あえて意図的に混同を誘発するために)作られているた
め、誤解を招きがちですが、「国境なき医師団」とは、なんの関係もない団体です。

で、かなり右派的傾向が強いということも書こうと思っていたら、フランスに強いジャーナリストのにむらじゅんこさんが、こちらに詳しくその内情を書か
れていたので、ぜひ、このエントリーをお読みください。

http://junquonimura.jugem.jp/?eid=92


(4月10日 記)

つい先日、頂き物のかつおを、半分は刺身でにんにく醤油としょうが醤油でいただき、残り半分をタタキにして、茗荷と紫蘇の薬味とタレ(味醂と醤油)で。
いや、日本人に生まれて良かったと思いますね。

その翌日、かぼちゃのポタージュと鶏のわさびマヨネーズソースを作る。
というか、冷蔵庫を確認したら、そろそろやばいかも、というかぼちゃがあったので、それを煮てミキサーにかけたのが、ポタージュ。
もうひとつは、冷凍室にあった鶏の腿肉を解凍してソテーしたものに、これまた残り物の手作りマヨネーズ(もちろん、油を一滴一滴落として作ったわけではなく、バーミックスであっという間に作ったやつ)と残り物の本わさびをすりおろし、少し牛乳で延ばしたものを載せたもの。
いや、じつは、先だって某フレンチ系レストランのランチで、同じコンセプトのものを食べたのだけど、どうもそこの味が気に入らなかったわけ。いや、まずいってほどではなくて、それはそれでまあおいしかったんですが、わさびが強すぎて、鶏の風味を殺しているような感じがしたのね。
で、ちょうどうちに、わさびとマヨネーズがあったので、「私ならこうやるぞ」というわけね。
(たぶん、普通の市販のマヨネーズとチューブ入り練りわさびでも、丁重に味を見ながら作れば、かなり美味しくできると思います)

で、昨日は、豚の吟醸漬けです。豚肉の安いときに買っておいて、味噌と酒粕で漬け込んでおいたのを焼いて、かぼちゃのポタージュの残り。和洋折衷ですね。


(4月9日 記)

暖かな日が続いたと思えば、土砂降りと、さすがに春は荒れますね。
大阪ツアーのあと、すっかり日記の更新も滞っておりました。
パソコンの外付けハードディスクの調子がおかしくなって、これはやばいとデータを移送しているうちに、ついにご臨終。しょうがないから、なんとか救えるものを救ったり....という作業をしていると、すっかり手間と時間と頭を使ってしまいました。
手間と時間と頭を使ったのはもうひとつ。
MySpaceというコミュニティ・サイトに私のページを設けました。まあ、ページを設けるの自体はべつに大した手間じゃないのですが、レイアウトがかなり自由にできるので、つい凝ったことをやってしまったのです。
良かったら、こちらもごらん下さい。
http://www.myspace.com/nobuyoyagi
(いきなり音が鳴りますので、職場等からアクセスの方は、ご注意!)


(3月26日 記)

遅ればせながら、関西ライブツアー楽しゅうございました。
高槻は土砂降りに当たってしまって、どうなることかと思いましたが、おかげさまで満席ありがとうございました。南風楽天のおいしいエスニック料理もひさしぶりに食べられて、とっても幸せ。
続く中崎町ライブ、これも祝日の夜という設定がやや不安だったのですが、「ここ数年、来たくても来られなかった」という懐かしい方複数とお会いできました。
西本さんの「メチャ巧」ギターは相変わらずとして、とくに村治進さんのスティールパン、好評でしたね。
スティールパン、または、スティールドラムという楽器自体があまりメジャーとは言えませんので、「ドラム缶を切って作った楽器....?それと八木のボーカル....?」と悩みながらおいでになった方もおられたようですが、あの繊細な美しい音にすっかり魅了されて、「八木さん、次はスティールパンとCD作ってください」。
.......うーん誰かお金出してね。(笑)
さて、ところで、米兵レイプ事件が三浦和義さん逮捕で一気に消えてしまった(しかもその間に被害者告訴取り下げ)このタイミングの素晴らしさに負けず劣らず、わりとよく、素敵なタイミングで登場される、あのビン・ラディン氏の映像を、じつはとっても意外な会社が配信しているという、面白い指摘です。
http://alcyone.seesaa.net/article/90978360.html


(3月5日 記)

さて、3月に入って、私が気分よく、ちらし寿司だのはまぐりの潮汁だの甘酒だのを作っている間に、南米ではきな臭いことが起こっていました。
エクアドル領内で、コロンビア政府軍がコロンビアのゲリラFARCに対する攻撃をしかけたことで、エクアドルとコロンビアが国交断絶。
続いてベネズエラも、コロンビアとの国境に軍を集結させていると。
http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2358343/2694621
http://www.afpbb.com/article/politics/2358985/26981
ゲリラ問題に詳しいと一部で思われているらしい(誤解だけど)ワタクシとしてはですね、たとえ日本のマスコミがほとんど報じていないとしても、やはりちょっとは解説しておくべきでしょうね。
コロンビア革命軍FARCは、2002年に当時の政府との和解交渉の決裂のあと、フランス系コロンビア人の元国会議員であるイングリッド・ベタンクール氏を始め、数人の人質を取っていた。(報道によっては「フランス人国会議員」となっているものもあるけれど、これは、彼が、二重国籍、つまり、コロンビア人でありつつフランス人でもあるから)
で、ベネズエラとエクアドルが仲介となって、その解放交渉と和平交渉を行ってきていて、今年の一月から、次々に人質が解放されていた矢先だったのである。
その矢先に、コロンビアのウリベ大統領は、一方的に交渉を打ち切り、挙げ句にこの始末というわけだ。
しかも、密林とはいえ、エクアドル領内にコロンビア軍が越境しての攻撃で、FARC側の交渉役であり、かつ、ナンバー2であるレジェス司令官が殺害された。
いままでの交渉はぶっこわされて足蹴にされたわけで、FARCが態度を硬化させるのは火を見るより明らか。
いままでの努力を無駄にされ、顔を潰されたベネズエラとエクアドルが激怒するのは当たり前。という状況である。
べつに、単純にベネズエラのチャベス大統領とエクアドルのコレア大統領が、ゲリラを応援しているわけではないのだ。(日本でわずかに流されている報道だけ見ていると、「まるで」そう見えるのであえて書く。実際に、コロンビアのウリベ現大統領はベネズエラのチャベスとエクアドルのコレアがFARCを支援していたと主張している)
それにしても、ゲリラ組織が長く戦い続けていくためには、そもそも民衆の支援がないと不可能なわけだが、それ以上に、それなりの資金も必要となる。ソ連東欧圏も崩壊しているし、キューバも経済難である時代に、なぜ、FARCがやっていけたのかというと、彼らには麻薬売買を資金源にしていたからだ。
といっても、これもそこだけ読んだときの印象と実際はかなり違う。
コロンビアでも80年代以後、アメリカ主導の新自由主義政策がとられたため、社会格差が進み、農村は貧しくなった。その一方で、ボリビアと同じく、コカはコロンビアにもともとあった植物で、昔から農民が栽培していたものでもある。
このコカをも、コロンビア政府は、アメリカ主導の対麻薬戦という名目でコカ畑に(というか、コカ畑以外の畑も一緒くたに)枯れ葉剤を蒔いて枯らし、コカを殲滅しようとしてきたわけだ。
いうまでもなく、コカだけを選んで枯らすような立派な枯れ葉剤は存在しないので、バナナもパイナップルもとうもろこしもバナナも、要するに、蒔かれた地域の農作物は全滅する。
農民にとっては、それでなくても新自由主義経済政策で貧しくなったうえ、こういうことをされては文字通り死活問題となる。当然ながら、とんでもない健康被害も出る。その結果、農民たちがFARCの支持母体となっていったわけだ。
とはいえ、FARCゲリラが、麻薬売買によって多額の活動資金を得ているという数値は、かなりでっち上げである可能性が高いことは、すでにこちらでも指摘されている。
http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/col234.html
http://www.eco-link.org/jubilee/globalization1.htm
実際に麻薬売買で巨額の利益を得ていたのは、むしろ、コロンビア政府の高級官僚や軍関係者だろう。なんたって、1997年には、コロンビア空軍機から700kgのコカインが摘発されたりしているんである。
そして、忘れるわけにいかないのが、文字通り、麻薬が巨額の資金源であることを公式に認めている極右ゲリラAUC(コロンビア自警連合:パラミリタリー)。
この極右ゲリラ(つまりコロンビア軍の一部と深い関係があり、FARCと敵対している)による(はるかに数の多い)誘拐や暗殺、住民の虐殺も「ゲリラによる誘拐や暗殺」と書かれてしまうところから生まれている大きな誤解もあるのだ。
(ついでに言うと、十把一絡げに「コロンビアのゲリラ」と書かれている中にはELN(民族解放軍)という左派ゲリラもいるんだけどね。)
では、このAUCについては何故、あまり知られていないのか?
アメリカは麻薬撲滅と麻薬犯の引き渡しを叫ぶ一方で、ある麻薬マフィアがこの右翼民兵組織のメンバーと認定されれば、政治犯として引き渡し対象外としてしまうのだ。ニカラグアのコントラとかキューバの「政治亡命者」みたいなもんですね。おまけにアメリカから軍事援助と称して、バックアップまでしてもらえるのである。
いままでの和平交渉の破綻も、日本では、それがFARC側のせいであるかのように報道されることが多いが、じっさいには、このAUCが問題となっていたのだ。2002年の10月下旬の統一地方選挙直前に、こいつらが引き起こした国会議員7名誘拐事件の解決過程で、内相がAUC最高司金官と直接会談し、一方で、FARCとの交渉を一方的に凍結したことが原因となっている。
だいたいコロンビアは、2006年だけでも、こういう連中に労働組合の指導者72人が殺害されているようなところなのである。
そしていまのウリベ大統領は、AUCとも関係の深い人で、メデジン・カルテルの最盛期にメデジン市長だった人。かの大物マフィア、カルロス・エスコバルともお友達だったといわれている人。
http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/uribe.html
で、ここで見えてきましたね。
コロンビアの和平交渉が本当に進んで、コロンビアに平和が来たら、ほんとうは困る人たちが。
そして、このタイミング。アメリカ大統領選まであとわずか。


(3月1日 記)

数日前の日記でコメントいただいていたことが、さっそく記事になっていましたね。
プール後洗眼 ダメージの恐れ
http://mainichi.jp/select/today/news/20080222k0000m040084000c.html
すでに傷口も消毒をしたり乾かしたり、ガーゼをあててはいけないというのが正しいらしくて、ラップにワセリンがよいらしい。
http://www.wound-treatment.jp/next/sengen.htm
実際、皮がすりむけたような傷口って、昔でも、卵の白身をちょっと塗って卵の薄皮貼っておくというの、体育会系の方はご存じだったのでは?
あれはたぶんラップ&ワセリンと似た原理ですね。
卵の白身のタンパク質がいいのかもしれないけど。
あと、卵の白身は打ち身にも劇的に効きます。青あざができるまえに塗っておくのがコツです。
そのころ、余った黄味はもちろん、カスタードクリームなどになったわけですが。(笑)


(2月29日 記)

先日のライブ、ご来場の皆様、ありがとうございました。
実は私、ちょっとした事故が原因で、1月から歯のトラブルを抱えておりまして、目下治療中。なので、昨日は仮歯でした。ちょっと見苦しくてごめんなさい。
でも噛み合わせが微妙に変わるだけで、ひどい肩凝りをはじめ、口内炎になったり、頭痛がしたり、もちろん、滑舌や発音に微妙な支障が出たり、と、いろいろありますね。
おかげで、ひさしぶりにじっくり発音の矯正練習をやったりしました。うーん。さぼってたな。
というわけで、おかげさまで多少の支障はあったものの、おかげさまで無事、復活いたしました。
それにしても、歯も無痛治療が当然になってきました。
医学の常識も、昔と今では180度の違いになっていることがいっぱいあるようです。
昔の常識はいまの非常識。その逆もあり。
数年前に私自身が経験したある手術でもそうだったのですが、いまは、傷口を毎日消毒しないのが普通だし、痛み止めはしっかり使って、手術の翌日から自分でトイレに行く。
その一方で、SICKOを笑えない、医療崩壊は日本でも現実になってきているようで、それはこわい。
詳しくはこちらなどをご参考に。


(2月20日 記)

カストロ議長 国家元首引退へ
http://mainichi.jp/select/world/news/20080220k0000m030114000c.html
http://mainichi.jp/select/today/news/20080220k0000m030022000c.html
フィデル・カストロが引退というニュースが速報で流れて、ふと思う。
実質的にはもう何年も前から、キューバは実質的に集団指導体制になっていて、彼はもう象徴的な存在だったので、政治的にも経済的にも別に変化はないのだけれど、あえて今というのは、彼が(闘病中とはいえ)
まだ元気であるうちに、「権力を委譲した」という形式を作りたかったのだろうと。
アメリカの大統領選もどうなるかわからないし、マケインなんかが勝っちゃって、米国経済がさらにボロボロになったところで、これまたタイミングの悪いときにフィデルが急逝したりしたら、ここぞとばかりに軍事侵攻されたりしかねないからなあ。
最後まで、老練である。
まあ、これで引退とはいえ、世界の有名人だから、これからもしばらくは面白い発言などは聞かせてもらえるでしょう。
ぜんぜん関係ないが、ひさびさにメキシコ発の大きなニュースです。
Nさんよかったね。
(ここで、かつてのジョークを思い出す私だった)


(2月3日 記)

ところで、今日は節分です。
節分に、恵方巻という寿司の太巻きを食べる習慣というのは、いったいいつの間に、東京でポピュラーになったのでしょうね。
関西でも、これはどちらかというとローカルな慣習で、たとえば、船場商人系の母親は「節分には寿司の太巻き丸かじり」が当然という人だったけれど、同じ関西でも兵庫県西宮市の父方の方は、そういう習慣はなかったようだ。
いずれにしても家庭というのは、母方を受け継ぐ傾向があるので、私の実家では、少なくとも私が覚えている限り、節分には巻き寿司太巻きを無言で丸かぶりしていた。(ただし、恵方巻という言い方はしていなかった)
10年ほど前に東京に引っ越してきたとき、まだ当時の東京には、その習慣は知られていなかったように思う。自分でも、何故節分だからといって太巻き寿司なのか、捜しながら苦笑してしまったものだ。
それが、ここ数年、当然のように寿司屋魚屋弁当屋総菜屋コンビニ、果てはケーキ屋でまで、恵方巻オンパレードですね。店によっては、クリスマスケーキみたいに、数日前から予約受付とか。
海鮮巻きとか、ゴージャスなのもあります。うーん、そこまでいくと違うと思うんだけど。やはり、伊達巻き卵、穴子、きゅうり、椎茸とかんぴょうの甘煮、お田麩あたりは入っていてほしいものだ。
で、鰯。
大阪の私の実家では、生の鰯を焼いて食べていたけど、東京で売っているのは、なぜか一夜干しばかり。昨日まで生鰯だって売っていたのに、なんで?
関東ではこれがデフォルトなのかな?


(2月2日 記)

鰯がなぜかすごく安かったので、買ってしまいました。
私、鯖とか鰺とか鰯とか、けっこう好きなんですよね。うちの母親は魚をさばくのが嫌いな人で、お魚屋さんで処理してもらった切り身の白身しか料理しなかった人なので、その反動かもしれない。
すごく活きの良いのが300円で8匹もあったので、半分を生姜と山椒で煮て、残りをあり合わせの材料で、トマト焼きにした。
鰯の頭を落として内臓を抜き、塩胡椒してから、オリーブオイルを引いた耐熱ガラスの皿に入れ、上から、トマトの輪切りとマッシュルームのスライスを並べて、微塵切りにしてオリーブオイルで炒めたニンニクと玉葱をオイルごとかけ、ハーブを少し振って、250度のオーブンで15分ぐらい。ここで、とけるチーズをかけてさらに5分。
鰯がちょっとした御馳走に変身です。
ちなみに、輪切りのトマトは、ちょうど加熱用のトマトがあったから。
調理用トマトって、さいきん、デパ地下などでみかけるようになりましたね。
さる直木賞受賞作品の中で、加熱用のトマトを生で食べると「すぐ吐き出しちゃいそうになるほど」激マズのように書かれていたので、それを信じている人がいますが、調理用トマトの名誉のために言っておくと、それはまったく事実ではありません。
ふじりんごと紅玉りんごみたいなもので、生食サラダ用に改良を重ねたトマトほどの甘みはないですが、適度な歯ごたえと酸味があって、私は生で食べるのも嫌いじゃないです。色も真っ赤で綺麗だし、だから、安売りしてたりすると、つい買っちゃう。
とはいえ、この料理、べつにふつうのトマトでもできなくはありません。ふじりんごでもアップルパイが作れるのと同じで、加熱用トマトにしたって、ちょっと火を入れただけで、劇的に甘くなるほどのものでもないしね。


(1月29日 記)

さて、帰国後すっかり日記が滞っています。日本の寒さに死んでいるとか...。
まあ、それも半分当たっていますが、そのほかにも、いろいろ溜めこんでいた雑用の整理があったり、ちょいとした事故で歯を抜くことになってしまったり、で、ばたばたしておりました。
しかしなんでもそうですが、たかが歯一本といえど、あなどれませんね。いやほんと。まだ抗生物質飲んでいますが、今月はライブがなくて良かったなあ。
でも、峠は越したので、ひさびさに昨日はメキシコ料理です。日本に帰ってからは、反動で、ブリ大根とかカレイの煮付けとか、和食ばかり作っていたのですが、
ちょうど、カリフラワーとパブリカと加熱用トマトが安売りしていましたので、それをゲット。ちょうど冷蔵庫にはチレ・セラーノがあったりいたします。(セラーノはチレ・ハラペーニョよりすこしマイルドなチレで、メキシコではこっちのほうが一般的だったりします。それがなんで冷蔵庫にあるのかはツッコミ不可。)
前にも書きましたが、カリフラワー、人参、パブリカ、たまねぎ、チレでたっぷりのピクルスを作っておきます。
ホーローのお鍋に適当に切った材料をたっぷりの油で茹で、やわらかくなったら火を止めて、塩と酢を加えて一晩置きます。油で茹でているうちに野菜の水分が溶け込むせいか、油が自然に乳化して、押すと分離することもありません。
ちょいとピリ辛だけど、これが後を引く。ワインにもぴったりです。
これはかなり日保ちするので、あとでのお楽しみとして、今日のご飯は、トマトとセロリの葉のスープ、鶏肉のアーモンドソース。それからチリソース(いわゆるサルサ)。
アーモンドソースが濃厚なので、ぴりっと辛いサルサがえらく合います。
サルサは、玉葱少々とトマトとチレをさっと油を引かないプライパンで焼いて(ごくかるく表面に焦げ目がつくぐらい)、塩少々と一緒にミキサーにかけるだけ。あれば、コリアンダーを入れるともっと風味が出ます。
これ、卵料理ともすごく合うんですよね。プレーンオムレツとか目玉焼きとか。


(1月6日 記)

今日は、Dia de Reyes(東方三賢人の日)。
「キリストの誕生を祝うために、三賢人が星に導かれてベツレヘムを訪れ、贈り物を捧げた日」です。
それにちなんで、子供たちは、ラクダに乗ってやってくる三賢人からプレゼントをもらい、みんなで、Rosca de Reyesという巨大な王冠状に焼いたブリオッシュ風のケーキを食べます。
このケーキのどこかには、イエスをかたどったプラスチックの小さな人形が隠されていて、それを引き当てた人は今年の幸運が約束されるかわりに、2月2日のカンデラリアの聖母の日(幼子イエスが、初めてお宮参りをした日)にパーティーを開いて、みんなにホットチョコレートとタマレス(バナナまたはとうもろこしの葉に包んで蒸したチマキ状のとうもろこしケーキみたいなもの)をおごらなくてはなりません。
この行事をもって、メキシコのクリスマスが終わるわけです。
なわけで、ケーキ屋さんもパン屋さんも、スーパーのパン売り場も今日はロスカ一色。ふつうのケーキや菓子パンはありません。そして皆さんは、当然のように巨大なロスカをお買い求めです。
もちろん、一個でも二人や三人が一度に食べきれる分量ではありません。
なので、八木の場合、これはどこかのパーティーにおじゃました方が利口そうです。


(1月2日 記)

年越し宴会開けての、1月1日。
お昼を、これまたメキシコ人家庭のR夫人宅で。
このR夫人、お友達の母上なのですが、料理名人です。それも昔風の手の込んだソースのお料理を家庭で全部作れる人。メキシコの伝統料理なら、私の知る限り、どこのレストランよりおいしく作る方です。
年越しあけの「暖め直し料理」とはいえ、かなり期待して訪問。
今日はメキシコシティは曇天で少し風が強く、肌寒い日だったのですが、体の温まる、フランスパンと卵とにんにくのスープ。昨日の堅くなったパンの廃物利用料理ですね。ところが、これ、単純なのにすごくおいしい。冬にぴったり。うちでも作ろう。
それからメキシコのクリスマス&新年の定番料理であるバカラオ(干し鱈)料理。このバカラオ料理は、スペインやポルトガルが起源の料理ですが、実は私、おいしいのに当たったことがない。だいたい、塩辛いか、油っこいか、ぱさぱさしてるか、その全部(こうなると食べるのはかなりきつい)か。
本場のポルトガルで、バカラオ料理(註:ポルトガル語だとバカリャウ)を自慢にしているとかいう、そこそこ高級なレストランで食べたのさえ、「うーむ、やっぱりバカラオって所詮こんなもん?」というようなものでした。
ところが、さすがR夫人。いや、こんなおいしいバカラオは初めて。薄切りのアーモンドとじゃがいもと一緒にトマト系のあっさりしたソース(でも単純にトマトだけではない感じ)で煮込んであるんですが、干し鱈なのに、たっぷり汁気を吸って、とてもジューシー。そして干し物の旨味が凝縮されている感じ。明らかに、かなり時間をかけて丁重に塩抜きして、丹念に時間をかけてじっくり煮含めていますね。
それから海老とロメリート(陸ひじき)のモレ(チョコレートとチレの入ったカレーみたいな甘辛いソース)。海老はともかく、ロメリートもメキシコの年末の定番料理で、12月後半になると、市場でいっぱい売っています。
殻付きの海老とロメリートをほとんど辛くない自家製のモレでさっと煮込んだこれも、海老の旨味がものすごく出て、激旨。
さらに豚肉のアドボ。これは豚のあばら肉を、フォークで軽くつつくだけで崩れるぐらいとろとろになるまで、スパイスのいろいろ入った複雑な味の辛めのソースで煮込んだものですが、このとろとろの豚もとってもジューシー。ソースも、よくある苦みや辛みが前面に出ているようなのとは違って、すごく丸い感じでバランスがとれていて、けっこう辛いんだけどすごくおいしい。ひぇ〜幸せだよん。
それとローストチキン。これもジューシーでおいしそうですが、もうかなりお腹いっぱいだったので、パス。
で、最後にデザート。
コーヒーミルクのババロアとラズベリーソースのかかったチーズケーキ、それから2ヶ月ブランデーに漬け込んだ干フルーツのたっぷり入ったパウンドケーキ。
あれれ、(爆)なんで、ぜんぶ味見できるんだ?<自分
おそるべき別腹。


(1月1日 記)

みなさま、あけましておめでとうございます。
もちろん、大掃除と年越し蕎麦とTVの日本の大晦日とは違って、メキシコのお正月は年越しパーティー。
いつごろからか新年を迎える瞬間に黄色のパンツをはいていると、来る年に金運に恵まれ、赤いパンツだと恋愛運に恵まれるという俗説が広まって、メルカード(市場)付近では、赤パン、黄パンを売る屋台がずらり。これはもちろん、ボトムスという意味のパンツではなくて、下着のパンツね。
しかし、黄色と赤ばかりなので、なんかすごいものがある。
それから、葡萄。なぜか新年の瞬間に葡萄を食べながら願い事をするという習慣もあって、あちこちで葡萄売りも。
私は、今回の年越しは、あるミュージシャンの実家であるコヨアカンの旧家のおうちに招かれました。
フランシスコ・ソーサ通りのその大きなおうちの、石造りで天井が高くて調理台にはタラベラ・タイルの貼ってある、古くて広いダイニングで、持ち寄り宴会。
深夜12時の到来と共に、シドラ(林檎酒)で乾杯して、葡萄を一気食べ。それから、その場の皆さんと抱きつきあってほっぺにキスのあとは、大宴会です。
ウイトラコチェ(トウモロコシに付くペースト状の真っ黒なカビの一種で、イカスミみたいな感じ。くせはなくて、とても滋養がある)と生ハムのエンパナーダ、パエジャ、羊肉のミショーテ(サルサに浸けた肉の紙包み焼)など。
メキシコシティは高地なので深夜に食べ過ぎると胃がもたれてあとがきついので、セーブしながらです。
でも、おいしかったよ〜!


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